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2006巻頭言7月~12月号
2006年7月
信仰と法─良心的兵役拒否と同性結婚を巡って

現代世界において、良心的兵役拒否と同性結婚の問題が、じかに法律と宗教がぶつかる複雑な問題として浮上している。両者における賛否は米国大統領選挙の結果を左右する問題ともなっている。お隣の韓国では国防の義務を果たす事が信仰や良心の自由に優先するとし、兵役拒否は有罪である。
同じ聖書を聖典とするキリスト教内でも賛否が分かれている。それは原典の解釈が教派によって異なるからである。たとえばUUA、つまりユニタリアン・ユニバーサリストは両者ともに積極的に受け入れ、カソリックは同性結婚は聖書の教えに根本的に叛くとしている。聖典解釈の相違がもたらす深刻な問題は、イラクの新憲法を解釈するイスラム教のウラマー(法学者)が作り上げたシャリーア(法体系)にも当てはまる。シャリーアはイスラム教徒に精神的・法的指針を与える事を目的としている。しかし、時代の変遷にいかに法解釈をあわせるかが問題であるにしても、その解釈が対立すれば、国内政治のみではなく、国際社会を揺るがせる事にもなりかねない。イラク国内の現状を見れば、そのイスラム法解釈が導き出す社会的深刻さは計り知れないことが分かる。
日本では上記の信仰と法の問題は公共の注目すべきものとはなっていない。我が国には兵役制度は戦後60年も存在していないし、同性結婚の問題も宗教と政治を動かす先鋭的な話題とはなっていない。後者についても、文化・伝統的な理由からか、国内各宗教教団はその教義解釈による見解を公表していない。いま流行のいわゆる宗教間対話にもアジェンダとしてこの先鋭的問題は取り上げられていない。管見によれば、欧米でも各教派がばらばらに両者の賛否を主張しているのである。
良心的兵役拒否や同性結婚の問題が国内では先鋭的でないということは、天理教学がこういった世界に生起している問題について無関心であってよろしいという事にはならない。異性愛者も同性愛者も等しく親神の子であるという創造的人間論と、地と天とをかたどって夫婦をこしらえたとするもう一つの宇宙的人間論、つまりこの二つの原則論を教学的にどのように調和させるかという問題がいま投げかけられているのである。
筆者は昨年、上記問題調査のためアメリカを訪れた。ボストンのクリスチャン・サイエンス・モニター紙本部では編集局長のクレイトン・ジョーンズ氏と意見交換を行った。とくに兵役拒否については、最近数年モニター紙に掲載された関係記事の貴重な資料の提供を受けた。聖典解釈や法的解釈はさまざまにあるが、一言でいえば、信者が兵役拒否の決断に至るプロセスの基本にあるのは命令ではなく「祈り」にあることが窺われた。つまり、聖書を読み、「祈り」を通して真摯に神の声を聞き、それに素直に従えという事である。この教団はしたがって、兵役賛否は信仰者個人の選択に任せているように思われた。その是非の判断は、神の声が聞こえるまで祈れ、というわけだ。
日露戦争直前、非戦論を唱えた内村鑑三は、敵をも愛せよと命ずるマタイ伝5章と兵役の義務、律法に従えとするローマ書13章の国家の法と神との狭間で悪戦苦闘し、非戦論と国法服従は矛盾しないという逆説的な信仰的解釈を導き出した。つまり、国家悪と戦死に贖罪思想を合一させたのである。そこにはキリスト教のイエスの再臨という終末論が深く関わっていると感じられる。日本のどの宗教宗派が、いま世界を揺るがしているこの先鋭的な二つの問題に、独自の教理解釈を通して真剣に取り組むかが注目される。

2006年8月
現実の中の「祈り」と「祈り」の中の現実

世界宗教者平和会議第8回世界大会が8月下旬、36年ぶりに国立京都国際会館において開催される。政治家や学者の平和会議ではないので、そこでは各宗教団体の「祈り」がおこなわれるであろう。「祈り」は宗教現象の中心にあり、「祈り」のない信心はないからである。筆者はこの種の宗教間対話を含む国際会議には数回しか参加したことがないので、最近の傾向については不案内である。しかし、30数年前にシンガポールでおこなわれたWCRP主催のアジア宗教者会議で各宗派代表が演じた、舞台における「祈り」のデモンストレーションはいまだに記憶に残っている。ゾロアスター教の紐をつかった口祷は、あたかも奇術のようなふるまいであったが、ことばがわからないので「祈り」の動作が演技のような印象をあたえたのであろう。天理教の「てをどり」はどのような印象をあたえるのであろうか。
一方、突っかけサンダルを履き布袋をさげ、白い帽子とみすぼらしい日常のワンピースをまとって登壇した、マザーテレサの英語による「祈り」は、なるほどと彼女の「祈り」が日々の救済活動とつながっていたことを思わせた。「祈り」と日常が断絶していない。彼女の演説は、「わたしは最も貧しき者の代表としてこの会議に出席した」ということばにつづいて「主よ、貧しさと飢えのうちに生きかつ死んでいく、世界中の私たちの同胞に仕えるために、私たちをふさわしい者としてください」ということばではじまった。会議に出席していた我が国からのおおくの宗教関係者は席を立って一斉に舞台に近寄り、カメラのシャッターを押した。その俗なるシャターの騒音は、見事に聖なる「祈り」の静かな世界に侵入し、なるほど紛争はかくして起こるという思いが皮肉にも脳裡をかすめた。この忸怩たる象徴的事象は、すがたをかえてさまざまなところで生起しているであろう。宗派代表者によって舞台で発言される世界平和への立派な教説が、その背後にあるさまざまな教団の現実や個人の草の根信仰のありかたなどと断絶していては絶望的である。
先日、『ダーウィンの悪夢』というドキュメンタリー映画を観た。1960年頃アフリカ最大のビクトリア湖に実験的に放された巨大な淡水魚ナイルパーチは、200を超える在来種を食べつくして湖の主となった。そこに最先端技術を駆使した欧州投資の魚産業が出現した。住民たちの素朴な生活環境は破壊され、もたらされたものは蔓延するエイズ、娼婦、そしてストリートチルドレン。白身魚は日本とヨーロッパへロシア製のおんぼろ飛行機が運ぶ。積載量55トンの往路に輸送される荷物にはアフリカ内戦向けの武器もある。人工的植物連鎖とグローバル化が生んだタンザニア湖畔の阿鼻叫喚の地獄に、神父のむなしくひびく「祈り」のことばがあった。
「祈り」ということばは、天理教原典にはない。もっとも近いのは「おふでさき」の「しやん」(思案)ということばであろう。教典の「祈念」や「祈願」は、いずれもprayerと英訳されているが、この訳語を読む教外者は天理教の「祈り」には不案内であるから、それぞれの宗教の同義語にかぶせて理解するだろう。しかし、ことばは着物であるから中身は運ばない。本教の共同的「祈り」のかたちは「つとめ」のかたちをとおして徹底しているが、個人的「祈り」の方法や内実については未開拓である。祭文例集はあっても、「祈り」のための規範文集や指導書はない。教えの根幹をともなって語られる「思案」ということばの中に「祈り」の重要な要素である「黙想」と「観想」の方法を、いま教学的にまとめておく必要があると思われる。

2006年9月
ジャングルの中の日本庭園

海外に進出した日本宗教の調査研究にあたった、宗教文化人類学者のことばをかりれば、天理教はいみじくも異文化「ジャングルの中の日本庭園」(中牧弘充)のようだといわれている。ブラジルの日本新宗教の例をとってみよう。公表信者数についてみれば、生長の家は250万人、世界救世教とPL教団はそれぞれ25万人、創価学会は15万人であり、そのほとんどの信者が非日系人であるといわれる(島薗進「日本の新宗教の異文化進出」、1992)。これらの数字が実質信者の数であるかどうかは別にしても、それに比較して、天理教では韓国につづいて信者のもっとも多いといわれる、80数ヵ所の教会を有するブラジル伝道庁管内でも、非日系教会長は皆無で、その実質信者数は1万人をこえていないだろう。つまり、海外伝道において、はるかに後発であるこれらのわが国における新宗教教団が、いまや多くの非日系信者を有する「多国籍宗教」として発展しているのにたいして、天理教は、韓国と台湾をのぞいて、典型的な日系移民の宗教からいまだ脱皮していないという厳粛な現実がここにみられる。この事実から目をそらすことなく、本教が異文化に土着化できない原因はどこにあるかということを総合的に分析し、海外伝道を異文化伝道ととらえ、そのソフト面における戦略を改善しなければならない。
7月に開催された海外部主催の英語による「天理フォーラム2006」の基調講演において、日系3世の教会長がいみじくもつよく訴えていたのは、まさにこの点であった。
外国人がその国の言葉をしゃべれるのは、その国の人にとっては当たり前のことであり、その集まる数が日本で増えたから海外伝道が発展してきたと感慨に耽るのは、おおきな錯覚である。現地の視点に立って、たとえば、つとめとてをどりが、いまだに韓国をのぞいて、日本語で行われているのはいかがなものかと、救済伝道の根元を問わなければならない。
天理教は、世界たすけ、つまり、一れつきょうだいの多民族宗教をめざして、中山正善二代真柱の慧眼により、他の宗教団体に先駆けて外国語学校、図書館、教庁印刷所、参考館、研究所などを設立した。これらを実働させる部署として、教庁機関に海外伝道部が設けられた。伝道庁や出張所、文化センターなどの海外拠点へは数十名が派遣されている。これらの出向者は、定期的に交代する長や勤務者、ないし日本語教師などであり、基本的に現地において永住の覚悟のもとに異文化布教を専務とする人材ではない。
しかし、ほぼ一世紀を経た海外伝道の歴史において、全世界でいまだ300前後の教会しか設立をみていない。この数字を多いとみるか少ないとみるかは、判断する人の主観の相違であろう。台湾と韓国においては、土着化がなされて、ほとんど非日系人が教会長をつとめている。そして海外教会総数の3割強が両地域でしめられている。この地域をのぞいた非日系人の教会長は、コンゴ、フランス、アルゼンチン(韓国人)各1人であり、残り200人弱の教会長は全員日系人である。これらの数字は、天理教が海外地域において「移民伝道」の域を出ていないということを示している。また、教会といってもおおむねすべてが、ホーム・チャーチといわれる私設住宅を改造したレベルのもので、建物として神殿を独立してもつ教会は少ない。筆者をふくめた関係者には、過去において先人布教師の海外に伏せ込んだおたすけの真実が、組織的、機能的、経験的に十分に活かされていないというきびしい反省が求められる。

2006年10月
「祈り」─ 瞑想、黙想、観想、内観、音楽、舞踊

ことばをもってなされる個人の「祈り」を霊的に実りあるものとする方法として、瞑想や黙想、そして観想というならわしが世界宗教にはあった。西田幾多郎にもふかい影響をあたえたドイツの神学者、ニコラス・クザーヌス(1401〜1464)は、その著『神を観ることについて』において「人が神を観ること」と「神が人を観ること」の二義的基本構造の中で、「神を顔と顔を合わせて観ること」への心の準備のととのえかたを探求している。それは後世ひろくキリスト教神学に影響をあたえた観想学の極地であるとみられる。「おふでさき」や「みかぐらうた」にせき込まれる「思案」のむかう、“神人合一”の世界を観想する裏守護的方法として、クザーヌスの観想法は興味深い。
また、イエズス会の祈りのテキストとして実践される、イグナチオ・デ・ロヨラ(1491〜1556)の「神との一致」を目的とする神秘的「霊操」の修行方法においては、霊操者の「魂の眼」が開かれることの前提として、修練による心身全体の浄化と、反省と熟考、そして教えの知的研鑽が必要とされる。「瞑想」は漠然とおこなわれ、「黙想」は考えることに重点がおかれる。そして「観想」は思考よりも、理性をおさえ、感じ味わうことに精神を集中する。瞑想、黙想、観想の三想は、口祷に対して念祷といわれる「祈り」の方法である。筆者は最近、この「祈り」における西欧的理念をふまえて、臨済による禅定の体験に学んでいる。
「思案」の実践方法を考えるとすれば、それは原典における親神のことばを主とした口祷と、瞑想、黙想、観想の念祷を合体したものが考えられる。裏守護の智慧の仕込みをとおして現れてきた宗教史における「祈り」の比較研究は、だめの教えの「祈り」と「思案」の実践方法の構築に貢献するであろう。念祷は、主としてことばを媒体としないが故に、異文化をこえる普遍性をもつから、「祈り」の重要な要素として開拓されるべき天理教実践教学の新しい領域である。無常観や罪悪感などによる心身疾病の治癒を目的とする心理療法として評価される内観法や音楽療法理論も、「祈りの神学」構築に援用できる関連領域にある。とくに、内観法や音楽療法、加えて臨床心理学におけるカウンセリングなどは、「祈り」や救済との境界に接している。一般に「内観」とは、自己発見、自己啓発、生きがいの探求などの目的でおこなう場合には「内観法」とよばれ、精神療法として用いる場合は「内観療法」といわれる。また、音楽は宗教に密接に関連しているばかりでなく、音楽療法は生理的、心理的にも効果があるゆえに、精神療法として最近急速に注目されてきた。「つとめ」や「てをどり」には、地歌と鳴り物が奏でる調べと唱和をともなうため、健康者や病者を問わず、「祈り」のなかにそのリズムとかたちを身体にすりこむ修練と意識の集中が求められる。
禅宗の四句格言にもとづいた「禅定」は、言語を否定し、悟りにいたる「祈り」の修行的実践方法である。四句格言とは「教外別伝、不立文字、直指人心、見性成仏」を指し、「教えや経典に依存せず、心そのものを直接指示して、その本質を悟らせる」という意味であるから、ことばではなく、修行体験によって伝えられるものこそ禅の神髄としている。カソリック修道院の瞑想にも、禅的瞑想法が修行として実践されていることはよく知られる。「前より続く理」をもって禅宗と教えられる裏守護の世界は、天理教の個人的「祈り」と「思案」のかたちに一つの技法を提供している。「祈り」はことば自身ではなく、その修練されたかたちの「行為」をとおして、はじめてその本質をあらわにするようだ。

2006年11月
「ダーウィンの悪夢」にみる「知識」と「意識」
ヴィクトリア湖とは、タンザニア、ケニア、ウガンダの3カ国に囲まれたアフリカ最大の湖で、世界では第3位、淡水湖としては第2位の面積をもち、その広さは九州の2倍、琵琶湖の100倍にもなる。ここには、多様な湖底地形に適応しながら、シクリッドというカワスズメ科の魚が、数多くの種類に進化してきた。その数は1,000種をこえるといわれ、世界の研究者が生物多様性の宝庫として注目するところから、ヴィクトリア湖は「ダーウィンの箱庭」とも呼ばれていた。
『ダーウィンの悪夢』とは、1954年アルバート湖(ウガンダ)から、大食で肉食の外来魚「ナイルパーチ」がバケツ一杯ヴィクトリア湖にはなたれ、在来種を駆逐することによってもたらされた、ヴィクトリア湖岸の惨劇を活写したドキュメンタリー映画である。先進国「北」に輸出される「ナイルパーチ」の一大水産業の誕生は、「南」の周辺地域の経済開発をすすめたが、一方では悪夢の様なドラマが生みだされていった。あたらしい経済は、貧困、売春、エイズ、ストリートチルドレン、麻薬、そして湖の環境破壊を確実にもたらしたといわれる。くわえて、50トンの魚を積みにやって来るロシアの飛行機には、コンゴ民主共和国の内戦用の武器が運ばれてくるという。監督はオーストリア人のフーベルト・ザウパーで、2004年のベニス国際映画祭での受賞を皮切りに、世界中の映画祭でグランプリを総なめにしている超話題作である。 
タンザニア食品輸出の第1位は、魚のフィレ(三枚卸し)で、その大半がヴィクトリア湖の「ナイルパーチ」である。この魚は大きいもので全長2メートル、重さ100キログラムにまで成長する。見た目は淡水魚の「アカメ」に似ていて、脂のおおい白身魚としてEUやわが国の食卓をにぎわしている。切り捨てられウジがわいた夥しい数の魚の頭部の山は貧者によって掘り起こされ、日干しにされ、焼いて食される。日本は毎年3,000トンの切り身を輸入している。2003年までは「白スズキ」という名前でひろく国内に流通していた。2004年には4,000トンが輸入され、その量は人気の高いびんちょうマグロの3分の2にあたるといわれる。現在は、外食産業や給食などの白身魚フライによく使われているし、スーパーで味噌漬けとしても並んでいる。わが家でも食卓によくのぼっていた魚である。その白身魚が「ナイルパーチ」であることを知り、この強烈なドキュメンタリー映画を観せられてからは、「白スズキ」には手が出なくなってしまった。
ザウパーは、「アフリカには飢えた子供たちがいることは誰でも知っている。しかし、その私たちの『知識』と『意識』には大きな違いがある」と主張する。そこで彼は「アート」という伝達方法で「知識」に顔をあたえ、別の「意識」を提示することによって、「知識」を実存的に「理解」することができるように願って制作したという。映画は観客にこの凄惨たる現実をまえにして、なにをすべきかは語っていない。「ナイルパーチ」はヴィクトリア湖畔に経済革命をおこした。漁師も、漁船もぐんぐんふえた。あらたな魚の加工輸出産業はおおくの雇用を生みだした。しかし一方、半世紀前には平穏であったろうタンザニアの一漁村は、いまや「ナイルパーチ」の登場によって、グローバルな富裕国の「消費者民主主義」に起因するローカルな貧困がかたく構造化されてしまっているようだ。魚工場の廃水は、湖の水質汚染のあらたな原因ともなっている。「適者生存」の地獄の映像のなかで絶叫するキリスト教宣教師の説教は、この世の惨状に絶望的であるかのようにひびき、むなしさの余韻をふかく引きずっていた。

2006年12月
アフリカ大陸にみる両義性─葡萄と頭蓋骨

かつてのアフリカは、ヨーロッパ人に暗黒の大陸と呼ばれていた。その東アフリカを、幅が約30〜60km・長さ6,000kmの大地溝帯が南北にはしっている。その断層陥没帯からは、初期人類の化石が続々と発見されている。1974年には「ルーシー」と名づけられた、約400万年前の一人の女性の化石や、1994年にはミッシングリングに迫るといわれる440万年前の「ラミダス猿人」の化石が発見された。信仰的に「ぢば」が人類宿し込みの元の場所であると教えられる天理教者である私にとって、アフリカ大陸が人類誕生の場として進化論的な根拠を明らかにしていることは、より親近感を感じさせ、未知なものへの好奇心と凄まじい想像力をかき立てる。
18世紀頃から本格的なアフリカ探検がはじまり、それは3世紀半にわたって荒れ狂った奴隷貿易から植民地支配へと移行して行った。そして「アフリカの年」といわれる1960年には17カ国が一挙に独立している。現在アフリカ大陸には53の国があり、面積は3,026万km2で世界の陸地の22%を占め、人口は8億5千万人をかぞえる。
現在のアフリカには植民地主義はない。しかし、アフリカの現状をみると、あるのは新植民地主義であるといわれる。つまり、アフリカの独立した諸国は、現在じつに巧妙な仕掛けで政治・文化・経済が間接的に諸外国によって支配されている。とくにサハラ以南のアフリカには、東アフリカ諸国をふくめて世界の最貧国が集中している。石油、天然ガス、金、ダイヤモンドといった資源を多量に産出しながら、国民のおおくが貧困に苦しんでいる。その底流に「帝国」の存在をみて、学際的にその分析と解説をこころみたのが、天理大学地域文化研究センターの共同研究による『帝国への抵抗─抑圧の導線を切断する』(戸田真紀子編著、世界思想社、2006)という一冊である。東アフリカ伝道へ「谷底せりあげ」にむけて出向こうとする天理教伝道者にとっても必読の書であろう。
天理教のアフリカ伝道は、コンゴ共和国、ケニア、ウガンダの3カ国において活発であるが、天理大学の卒業生の奮闘がきわめて目立っている。
53カ国もあるアフリカ大陸の地図は「葡萄の房」のようにも、「人間の頭蓋骨」のようにも見える。その大陸のほぼ中央に位置し、赤道によって東西を串刺しにしたようなこの小さな3つの国において、天理教の布教拠点がおかれていることは不思議な偶然の一致である。葡萄の一房は、そのたとえ話が『教祖伝逸話篇』135番の「皆丸い心で」に知られるように、世界が葡萄のように丸くつながる人類共存の理想型の象徴であるが、「頭蓋骨」と映る目には原人の化石的象徴であるというよりは、なにか不気味な地勢的宿命を暗示する姿に見えてくる。
大江健三郎は『個人的な体験』において「アフリカ大陸は、うつむいた男の頭蓋骨の形に似ている」「交通関係を示す小さなアフリカは皮膚を剥いで毛細血管をすっかりあらわにした痛ましい頭だ」とその地図を買う主人公に言わせている。この不気味なたとえは、アフリカ大陸が「めまぐるしく変化している大陸」であることを匂わせている。
1960年代は植民地支配を脱し、宗主国からいっせいに独立する国が相次ぎ、理想の大陸にも見えたが、同時に前途多難を予想させるものがあった。そして現在は、貧困度世界一、エイズ患者世界一が象徴しているように悲劇の大陸となっている。アフリカはこの天国と地獄、「葡萄」と「頭蓋骨」の両義性をもつ宿命的大陸なのだろうか。それはまた逆に、アフリカのかたちは人為によってどちらにも変化する二面性をもつという意味で、21世紀の人類の未来を左右する平和への実験大陸になるとも予感される。
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by inoueakio | 2006-07-01 10:32 | 巻頭言集