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2001巻頭言1~6月号
2001年1月
新「教養」概念の創出と天理大学
入試地獄の時代は過ぎ、日本の大学はいま確実に転換期を迎えている。とくに地方の私学においては、入学志願者の激減に閉校せざるを得ないところも出てきた。閉校とは企業でいえば倒産である。会社が倒産すれば、社員は失業し、新しい職場を探さなければならない。ところが、不景気になると倒産は自分の会社だけではないから、再就職は至難の業となる。大学の場合は、入試地獄が姿をかえて就職地獄となり、地獄は深みを増して、その領域は卒業見込みの学生だけでなく、大学本体の縮小・消滅により、失職する教職員に及ぶ。
そこで生きのびるためには、思い切った経営の合理化と個性ある教育内容の充実が求められる。とくに私学は、その建学の精神にたちかえって、未来をとりこんだ独自のヴィジョンを打ちだし、それを可能にする魅力的なプロジェクトを創意、実践する気概と決断を広く示さなければならない。宗教私学の立場からいえば、天理大学はいかにそのスポンサーである天理教教団と社会の期待に、直接間接に応えることができるかという点に問題の焦点は絞られる。
まずそのためには、信者・子弟に魅力的な大学であることが第一で、その個性的魅力が独自の伝統を創りあげ、それが学問や部活動などを通して社会的普遍性を帯び、教外一般の学生に及ぶことが理想的である。この意味で、大学経営者や教職員は、私学の個性と社会の普遍性を橋渡しするものは何であるかをしっかりと押さえておくことが大切であろう。そのキーワードのひとつはいわゆる「教養」という概念である。そこで目指すべきは、天理大学で培う「教養」とは、それが教養課程であれ、専門課程であれ、部活動であれ、他の私学とどこが共通し、どの点が異色であるかについて、まず関係者が誇りを持って共有できる新しい時代が求める「教養」概念を創出することである。大学再改革の評価は、改組の中味であるべきこの点に絞られるのではないか。
では、宗教私学である天理大学における「教養」とはなにか。人文、社会、自然の3系列科目をリベラル・アーツとして教えることが教養教育ではない。リベラル・アーツはプラクティカル・アーツである職業的教科と対立する概念であっても、専門と対立する概念ではない。そもそも日本語の「教養」に相当することばも概念も、外国語にはないからややこしい。加えて「教養」とはなにかという合意もない。元一橋大学長の阿部謹也は、その著『大学論』の中で「教養とはいかに生きるかということを考える姿勢からうまれるもの」と述べ、「教養とは世間の中で自分の役割を認識すること」とも言っている。さらに私流に言えば、「教養とは自分は社会にどういう点でお役に立ち、喜んでいただけるかということを自覚すること」と言えるだろう。とするならば、「教養」とは限りなく宗教的な学際的「人間学」に近づいてくることがわかる。
従来の儒教道徳と異なる「教養」という概念の創出は、森有礼が福沢諭吉や西周などと結成した日本最初の学術団体、明六社の啓蒙活動に端を発している。そこでは、維新以後、近代化に向かう国家制度の枠組みとして、「教育」の理念が制度化されていくことと並行し、「教養」という概念は、文化創造の思想的意味を担うべきであるという位置づけがなされていた。いま、時代は振り出しに戻り、この「教養」概念の新しい文化創造の思想的意味が、再び大学改革に対面して問われている。


2001年2月 
スペシャリストからジェネラリストへ
近代「経済学」は物理学をモデルとし、徹底して数式を駆使しながら発展してきた。経済現象を人間の価値観や文化、宗教などと切り離してとらえてきたのである。これに対して「経営学」は、まさに生きる人間の現場そのものを研究対象にしている。したがって、経営学は哲学、宗教学、社会学、比較文化・文明論、教育学、心理学、人類学、さらには科学技術、国際政治学などをも視野に入れながら、超学際的な経験知、体験知をとりこんだ「総合学」とも言える。総合学という意味からすれば、それはいま興りつつある「地域学」という学際領域ともつねに接点をもつと考えられる。
天理大学改組に際して、国際文化学部に地域文化研究センター、人間学部に総合教育研究センター新設の構想が打ち出されているが、後者もこれまた「総合学」としての天理人間学に基づいた研究・教育を行うであろうから、「地域学」ともども総合学としての「経営学」的手法を視座に入れておかねばならないだろう。時代はスペシャリストよりジェネラリストを求めるように動いている。細分化された専門領域に学者が閉じこもっていては教育者失格となるおそれが出てきた。これらの総合学としてのさまざまな学問における研究は、生きるというすべての側面、つまり一方では一個の人間の内なる精神領域の研究に収斂し、他方では異文化・国際的領域への広がりを経て、惑星地球さらには宇宙領域へと進出する人類の未来の営みまでとりこむであろう。その活動方向は、すべての調査、研究、思索といったものが、そこから還元される新しい理論や、個と普遍を包摂したグローカルなパラダイム創造の世界へと拡大・進化していくことが期待される。
国際経営といえば、世界の文化や宗教の多様性が色濃く影響してくる。それは国家間の関わりに限定されるものではない。多民族単一国家においても、グローバリゼーションの侵入により、経済と異文化の問題はますます深刻となっている。
多民族国家マレーシアの北方にイポーという小都市がある。そこには華僑が経営する3千頭クラスの養豚場がある。この養豚場は、国連がモデルとするようなリサイクル・システムを飼育過程にとりいれていた。つまり、高台にある錫鉱山のくぼみを貯水池とし、スロープをつたって豚舎の屋根に張り巡らされたホースから出る水で、豚に朝勢いよくシャワーを施して目をさまさせる。3千頭の豚は、眠りからいっせいに起こされ、洗浄され、糞尿をする。排泄された糞尿が排水溝を伝って用水に流される。池には中華料理用の魚が飼われている。魚が豚の糞尿を餌にする。流れにくい固形の便や、屠殺後のこされた豚の骨は粉末にされ、サトウキビ畑の貴重な肥料として使われる。一方、サトウキビの繊維であるバガスは豚の飼料や燃料、またパルプの代替品として活用される。鉱業と養豚業、水産業と農業、製紙業が一体となって、経営はゼロエミッションを見事に達成していると思われた。しかし、ムスリムのマレー人は、豚が介在する労働には従事しないし、砂糖や魚は買わない。
先月インドネシア味の素でも、製品の中に豚肉酵素が混じっていたとして社長などが逮捕されるという事件があった。このように文化・宗教の問題は、ものごとが国際化するというプロセスの中で、避けて通れないということを肝に銘じておくことが大切である。海外伝道においてはなおさらのことであろう。

2001年3月   
「節から芽が出る」─竹の神秘
古来、竹には呪力が籠められていると考えられていた。箕や籠には生殖と受胎にかかわって霊力があるとみなされていた(沖浦和光『竹の民俗史』)。竹は木でもなければ草でもない。どちらでもないというはっきりとした境界をもたない竹の曖昧性を、実体のないカオスとしてとらえると、秩序が成立する以前の渾沌・カオスにおいては、自然に内在する神々が森羅万象を動かしているから、ボーダレスな竹は、神々の霊力と感応する。その故に、竹は呪物として用いられていたのではないかと沖浦は説明する。納得のいく解釈である。極寒でも葉は青々とし、慄然と節目正しく真直ぐに伸びる竹の気品あるたたずまいは、君子の象徴的表現として広く人々に受け入れられてきた。竹の節はまた転機の旬をも意味する。
そこで、竹と霊力と言えば、想起するのは竹取物語であろう。母胎として見立てられる竹から生まれたかぐや姫は、竹取り翁に育てられるが、その呪力によって貴人や権力者の求婚をことごとく拒絶する。谷底からの高山に対するフェミニストかぐや姫の反逆精神とも解釈できないことはないが、物語はその呪力の背後に月の霊力があることを示して終わっている。生命誕生の神秘には、月の引力がつよく働いていることは科学的にも実証されているが、物語りの文化伝承の中では、竹がその神秘の媒体となっていることに注目したい。
竹の生命力と言えば、ベトナム戦争による広大な焦土の中から、地表を突き破って最初に発芽したのは竹であった。竹は地下にその根を網のごとくにはり巡らしている。竹がその根茎にある節々から無数の芽やタケノコを吹き出してきたのである。
おさしづに「根先から芽が出る」「根から芽が出る」とある。竹にはあっても、樹木が根先から発芽することはない。「まいたるたね」や球根からも芽は生える。この大地から吹き出る芽は、それぞれ一本の植物に成長するから、地上の幹や枝から出る樹木の芽とは、その意味が異なる。つまり、地上の樹木の芽は、大地の根に直結していない。また樹木の節は、主として芽が出て枝となった痕跡を指しているので、それを芽が出る場所、芽が出る旬を意味する教理上の「節」と解釈することは、比喩の意味を矮小化する。したがって根と枝、地上と地中における、植物の節の生態的相違に注目することは、教理の神学的解釈においてきわめて重要となる。その教理展開には、ポスト構造主義者G・ドゥルーズのいう多方向・重層的なリゾーム(根茎)の分節的概念などが参考となろう。
「節から芽が出る」というおさしづの言葉は、信仰生活においてひろく使われている。原典ではあらためて竹の節とは書かれてはいない。それは竹に様々な形で親しんだ当時の人たちにとっては自明のことであったからである。樹木の節と解釈できる箇所もおさしづにはあるが、辞書を引くまでもなく、「節」の第一義は竹の節を意味している。問題は、「節から芽が出る」の神意は、「根から芽が出る」という言葉において、竹のもつ特異な生態と構造が神秘を呼び込み、そのイメージを象徴的に拡大深化させ、私たちが現実の精神世界に切り込んでいく真の力を与えてくれるのではないかという点にある。あらたな秩序の誕生も、魂や組織の再生も、地中の渾沌とした暗黒に張り巡らされたねばり強い竹の生態に象徴される根茎(リゾーム)の世界において、その節々から芽吹いてくるのだということを信ずることがいま大切であろう。

2001年4月  
クローン人間と天理教
ヒツジや牛のクローンは、商業的な人間の自己利益を満たすために誕生した。しかし、クローン人間は、経済的欲求からではなく、子供が欲しいという夫婦の心理的要望にこたえて作られる人道的営みである、という理由が推進派の論拠となっている。と言っても、人間の本性である自己の世俗的欲望を満たすという点では、理屈は同じである。
米ケンタッキー大学のパノス・ザボス生殖生理学元教授は、無精子症の夫の体細胞から核を取り出して妻の卵子に移植し、一、二年のうちに夫と遺伝的に同一のクローン人間を誕生させると発表した(『朝日新聞』1月29日)。また、昨年の9月、医療ミスで死亡した生後10ヵ月の男の子のクローンをほしいという30代の夫婦は、5700万円を「クローンエイド」という企業に支払った。会社はカナダの「ラエリアン・ムーブメント」という宗教団体が、クローン人間作りのために設立したといわれる。クローン用の細胞は、医療ミスで死亡した男の子の冷凍保存された皮膚や血液から取り出される。教主ラエルは生まれたクローンの赤ちゃんを、テレビに出演させることを条件にクローン作りを引き受けたと言っている。かわいいクローンの赤ちゃんを見ると、「みんながクローンを欲しいと言うに違いない」ということらしい(『毎日新聞』1月3日)。ここには、赤ん坊が一人の人間として成人したときに持つであろう様々な問題についての配慮と想像力が完全に欠落している。赤ん坊は大人のペットではない。
移植医療の夢は拒絶反応のない臓器を再生することであった。ところが、1998年にES細胞の培養法が確立されたことによってそれが可能となった。ES細胞とは、受精卵が細胞分裂を始めたごく初期の段階に生まれる細胞群で、「万能細胞」とも呼ばれている。そこからすべての臓器と組織が分化して行き、動物の身体となる能力をもつ細胞群である。この「万能細胞」の培養と、遺伝子組み替え技術、そして体細胞クローニングを組み合わせれば、脳死・臓器移植に全く頼ることなく新鮮で拒絶反応のない臓器を作ることが実現する。生命の尊厳をうたう宗教が、この神の領域に迫る科学技術とどう折り合いをつけるかは教義の根幹に関わる重大な問題である。
ヒトの生命は卵子と精子が出会ったときに始まるとするカトリックは、「胚」を「胎児」とする立場をとっている。天理教では「元の理」で、月様が男雛型であるいざなぎの胎内へ、日様が女雛型であるいざなみの胎内へ入り込んで人間創造の守護を教えられたとある。したがって、卵子と精子の結合によって生命が発生するという立場に立つ。
ところが、平成12年12月に公布された我が国の「ヒトに関するクローン技術等の規制に関する法律」の第2条7項には、「胎児」を「人又は動物の胎内にある細胞群」と規定している。つまり、「胎児」を「細胞群」というものとしてあつかっているのである。こういった人間機械論、心身二元論に基づいた思想の行き先には大きな危機感を持たざるを得ない。
人間宿し込みの場所をぢばと定め、天理王命の神名をさずけて、甘露台を据え、人類救済のつとめと礼拝の目標とし、親と子の関係として神と人間の関わりを説き、前世の因縁を前提として個人救済を説く、天理教の布教活動において、遺伝子の人工的操作やES細胞の再生医療への採用は、その教えの根幹を揺るがすだけに、緊急に討議しなければならない重大な問題である。

2001年5月   
黄砂と環境破壊

3月下旬屋外に止めていた車のボンネットが泥雨でひどく汚れていた。中国大陸で猛威を振るう、秒速17メートルの「砂塵暴」が、黄砂となって日本に到来したのである。黄砂とは、中国大陸のゴビ・タクラマカン砂漠や黄土高原などから、シベリヤ、モンゴルからの風によって舞い上げられた砂のことだ。春は花粉と黄砂をともなってやってくるのだが、今年はとくにきわ立っていた。空中花粉にくわしい環境市民ネットワーク天理の久保田有さんによると、ここ天理市には黄砂が飛んでくるだけではなく、我が国でも有数の花粉が飛び舞う風土にあるらしい。この時期のエアロゾルには、花粉と黄砂が同時にみとめられ、加えて石炭灰などの中国における大気汚染物質が黄砂と混ざり合っていたから、顕微鏡で見るその色もどす黒かったという。日本への黄砂の飛来量は年間300万トンといわれる。今年の京都あたりは近くの山々が霞んで見え、日本海側では黄色い雪が降ったところもあったらしい。黄砂は大きな粒子だと海に落ち、小さな粒子は日本を超えて北大西洋まで運ばれる。ロスアンゼルスも数年前黄砂にみまわれたとUCLAのV・ニットレイ教授から聞いたことがある。黄砂現象は目に見えて環境問題はグローバルである事を身近に証明してくれる。今年は元日の北京を直撃し、砂が眼や口や鼻に入って困ったという留学生の帰国談も耳にした。しかし、中国大陸の本格的な「砂塵暴」は、村や広大な農地を簡単に埋め立ててしまう。ここ数年は砂あらしの回数も増え、その影響は西部や北部から上海、香港など東部、南部へもひろがり、深刻さを増している。
開発による膨大な石炭燃焼が作り出す大気エアロゾルと、自然由来の黄砂エアロゾルが高濃度で混ざり合った大気汚染は、中国特有の環境汚染として知られ、酸性雨は別名「空中鬼」とも言われている。北京の本屋で見つけたのだが、中国には『砂漠学』という教科書があり、移動砂漠と格闘する営みを「砂漠退治」と表現してある。私は石炭灰や酸性雨と混ざって降り注ぐ黄砂は、土壌や植物や河川にも害を及ぼし、中国大陸ばかりではなく、日本においても環境破壊の原因になっているのではと思っていた。しかし、よく考えてみれば、人類最古の文明をはぐくんだ黄土高原は、この黄砂が偏西風に巻きあげられ降下し積もったところで誕生した。黄土高原は日本の1.4倍の広さで、深いところは200メートルもあると言われる。200メートルと言っても黄土高原をつくった新生代の第四紀を200万年で割れば、年間の堆積量は1ミリに過ぎない。黄砂はマグネシウム、カルシウム、リンなどを含んでいるため、栄養源が乏しい海域では植物プランクトンの重要な栄養源にもなる。沖縄諸島付近では、そのため赤潮が多量に発生するのがその証拠であるという。石炭の町である大同市では降ってくる雨は酸性ではない。土壌のphも8以上であると報告されている。空中で強いアルカリ性の黄砂が働いて雨の核となり、酸性雨を中和する働きをしていることが証明されたのだという(緑の地球ネットワーク・高見邦雄)。
このことは砂漠緑化が成功すると、地球の生態系は陸海共に激変・悪化することにもなる。善と思われている砂漠緑化は、長期的にはグローバルな環境破壊であるという逆説も成り立つのである。地球生態系の自然に内在する悠久の働きを、自動車のボンネットを汚くするというレベルで捉えてはならない。自然の黄砂は善でもあり悪でもあった。

2001年6月 
新・「国際参加」プロジェクトの意義
本年1月26日、春季大祭の甘露台つとめが執り行われている最中、インド西部グジャラート州において、リヒタースケール7.9の未曾有の大地震が発生した。崩壊した村は9000、死者は数十万人を越えていると推測される。
世界各国の政府やNGOは、いち早く救援活動を開始し、地震多発国として知られている我が国からも自衛隊をはじめ、医師団が派遣され、NGOは広く国民に救援資金を募り、救援活動を開始した。しかし、基本的人権を支える衣食住のうち、いまも被災地では住居が決定的に不足していると国連は伝え、救済の継続をよびかけている。この被災地域は、20世紀の後半期にも、サイクロンによる大規模な水害を経験し、いまは逆に干ばつによる深刻な水不足にも見舞われている。
時あたかも、天理大学は志願者数が下降するなか再改革の途上にあるが、改革の実践的要項として、学生の「国際参加」を掲げている。「国際参加」の目指すところは、従来の語学研修や異文化体験の海外研修スタイルを繰り返すことにあるのではない。他者への献身的行為を通して、文化・言語をこえて「人間とは何か」について学び、人類の一員としてその誇りと責任を感じる気風を養い、知識と人格の分裂を避け、それを統合させて行くという実践的「活学」の方向を目指す。教内の学生について言えば、この「国際参加」は海外伝道者養成という天理大学の「建学の精神」を直に体感する場を提供することにもなる。そのためには「教学協働」の理念が組織として十分に活かされる配慮が望まれる。
本プロジェクトは、おやさと研究所が、まずパイロット・モデルを構築し、その成果を評価した上で、大学当局にプロジェクトの継続化を提案することとなった。その間、大学においては「国際参加」プロジェクト推進委員会を設けて協力することとなり、理事会でも承認された。現在、本研究所は、国連ユニタールやUNDP(国連開発計画)を主として、インドのNGOなどとの協働体勢を作りあげている。
海外医療協力についていえば、本教はコンゴ、ラオスなどで貴重な経験をもつ。「教学協働」の大学改革方針に基づいて、我が国でひろく知られる総合病院・憩の家の協力を得ることが出来れば、その助け合いの相乗効果ははかり知れない。本プロジェクトは、私学の宗教的精神によって開発された、本学独自の献身的「国際参加」を指向している。それは新・教養教育プログラムとして国内外の高い評価を得るものとなろう。勿論、グローバルに海外拠点を持つ天理教の地域伝道におけるバックアップにも貢献する。この「教学協働」の姿勢は、プロジェクトの中身を通して、参加者に「天理人間学」への教養的道筋を照らす大きな具体的効果をもたらすに違いない。
天理大学と本教の医療機関の協働による海外におけるジョイント・プロジェクトの実践は、新しい時代における世界たすけの一つの形を創出することでもあり、適切な広報を通して、教内のネットワークにおいてもさらなる勇みをもたらすことになることが期待される。
本プロジェクトは、本学改革に際して設置される、3つのセンターの活動にさまざまな視点から貢献することはいうまでもない。というより、このような「国際参加」を通して、3センターの独自の活動が有機的に関連づけられることが望ましい。本プロジェクトの具体的な内容に関心のある読者、天理大学の学生・教職員は、おやさと研究所にお問い合わせ下さることを期待している。
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by inoueakio | 2001-01-03 16:09 | 巻頭言集
2001巻頭言7~12月号
2001年7月  
「国家の安全保障」から「人間の安全保障」へ

国連によれば、第二次世界大戦後に引き起こされた106の紛争のうち、94%は内戦である。つまり、国家間の戦争は、数的には圧倒的に回避されている。しかし、グローバリゼーションによって、価値観が多様化し、連帯観や境界の意義が薄れ、貧富の差が拡大し、逆に非国際的な性格の武力紛争が激増している。以前は、国際平和の保証が国内平和の保証につながっていた。しかし今は、国内平和の保証が国際平和を保証するという逆方向に、歴史が回転しているように見える。国内の平和は、基本的人権や自由が守られてはじめて可能となる。天災や紛争、資源の枯渇などによる極度の貧困と恐怖から、自由を求めて人々が先祖の土地を追われ、難民として、国内外で暮らさざるを得ないような状況では、平和な繁栄はありえない。国連や世界銀行による施策のポイントが、この世界各地に蔓延する現代の「貧困との闘争」に置かれていることは当然のことであろう。世界の「高山」である国連の眼は、いまこの国々所々に発生する貧困撲滅の方向に焦点が合わされている。宗教者の眼はこの新「谷底」層に向けられているか。
国連憲章は国連の主目的を国際平和と安全の確保にあるとしている。1992年安全保障理事会の異例の要請を受けて、事務総長は加盟国に平和建設のための国連の活動をより効果あるものにするために「平和への課題」という報告書を提出した。それは国連の紛争に対する予防外交、停戦を通しての平和維持、紛争終了後の平和創造の活動に集約される。近年、国連はこの路線を継承する中、平和への理論的アプローチを進化させ、その活動についてさらなる改善を進めてきている。
去る5月14日、国連ユニタール・広島アジア太平洋センター設立にむけて、本年度ワークショップの調印式に出席したユニタールのM・ボイサード本部長は、いま国連の平和の概念が拡大し、変化し始めていると述べた。それは平和を守るために取り組むべき課題が、紛争に加えて、人権侵害、自然災害、環境破壊、薬物、犯罪、疫病、対人地雷などと多岐にわたり始めたという点にある。安全保障の概念も、国家から人間に焦点が移っている。国連はそれを次の三点で考えていると説明した。
第1は紛争を予防する平和創造(Peace Making)であり、第2は交戦中の両者を切り離す平和維持(Peace Keeping)であり、第3は紛争後の復興に当たる平和構築(Peace Building)である。この3つの「平和への課題」は頻繁に引用されているが、いまこれは「人間の安全保障」(Human Security)というより大きな概念の枠組みに吸収されている。「人間の安全保障」とは、伝統的な「国家の安全保障」から、人間個人の本来の可能性を実現する安全保障に移した新しい挑戦的な概念である。
「人間の安全保障」に対する挑戦は、暴力、基本的人権の無視、伝染病や自然災害、貧困や経済的社会的混乱、天然資源の枯渇、環境変化、災害など数え切きれないほどある。問題は山積しているとはいえ、国家の安全と繁栄を課題とした時代から、国家を超えて人間同士の安全と繁栄を課題とする方向に、世界の眼が向き始めたことは、平和を求める人類意識の進化・成人と言えなくもない。
外からやってきた、世界いちれつの新しい平和の概念と、陽気暮らしを目指す世界だすけの内なる伝統的教理実践が、個々の信仰生活や学校教育の領域においてどのように繋がっているかを振り返ることは大切である。

2001年8月  
「国際参加」:貯水・植樹・アドベ建築の試み
「地震は多くの人命を奪い、あらゆる構造物を破壊した。だが、カーストの障壁を砕くことはできなかった」とインドの英字紙インディアン・エキスプレスはインド西部地震救援状況にふれて述べている。報道によると、救援物資はもっぱら上位カースト中心に配給されたという。カーストにはバラモン(僧侶)、クシャトリヤ(武士)、バイシャ(庶民)、シュードラ(隷属民)の4階級と、カースト枠外の不可触民・ハリジャンが存在するが、現実にはカーストはその中でさらにさまざまな職種にわたって細分されている。下位カーストやイスラム教徒は、地震救援物資の公平な配分を求めて、抗議行動をあちこちでおこしているとも報道されている。
カースト制度に限らず、自然災害や戦争の被災者のために世界から送られてきた救援物資が届かないという事実はいくらでも見受けられる。ベトナムやアフガニスタンの難民救援活動に携わったことのある筆者には、経験済みである。届いているか否かを詮索する苦労は、物資を集める苦労より気がめいる。相手を疑うこころが先行するからである。
筆者は8月に派遣される天理大学「国際参加」プロジェクチームに先立って、7月上旬インドのグジャラート州・ジャムナガール市近辺の地震被災地などを訪問し、その復興状況や、とくにハリジャンの村などの視察を行った。目指すのは、地震による被災者に物資や募金を届けるという救援ではない。被災者側と協働して、農業・牧畜に必要な貯水のためのチェックダムや、ハリジャンのための安価で耐震構造のある泥土によるモデルハウスを建築し、地域行政と協力して竹を移植する。この地方の雨期に降る95パーセントの雨水は海に流れてしまうので、雨水をせき止めるチェックダムを造り、数多くのため池を作る。さらにモデルハウスは、直径2m70、高さ2m90あまりの泥土による小型アドベ建築であり、斬新な土木技術をもって、現地の伝統的風土と宗教・文化的要素を考慮しながら、独自のデザインを考えている。このユニットを生態学的な視点をも織り込んで、機能的にさまざまな形に配置すれば、将来は天理エコ・ヴィレッジが完成する。竹は、ジャムナガール滞在中3カ所において、2種10数本が散見された。市の森林局に依頼して、竹千本の苗を特別に提供してもらうこととなった。ゼロエミッションの象徴である竹が、この地域で育てば、ため池や河川の護岸にも役立つ。このコンセプトを記者会見で語ったら、翌日テレビ局(ZTV)の取材を受けた。全インドに向けて天理大学の名前が報道されたはずだ。またインドの国樹グルモハルと桜の苗木の交換移植も考えている。
参加する学生は、大地震の実態に触れるばかりでなく、カーストの実際や、さらには人間と自然の共生についても学ぶ点が多い。ジャムナガール滞在中は、東洋医学の源であるインド5千年の伝統を持つアーユルヴェーダの国立医科大学を訪問し、現代の西洋医学を足下から考える。帰途には、シルクロードにある世界遺産エローラやアージャンタ遺跡も見学する。このような協働的・教育的ツアースタイルは、単なる観光旅行や文化学習ツアーとは異なる。観察を主としたエコ・ツアーでもない。ツアーする側と地域社会の側が自立的に結びつく、「献身」という概念を取り込んだ「国際参加」のスタイルである。これを広げ、そのネットワークをグローバルに構築すれば、我が国でもユニークな異文化人間教育の試みとなるであろう。

2001年9月    
地球温暖化の教理的解釈

太陽の子である惑星地球は、大気という柔らかな着物をまとっている。その着物は、温室的な機能を持ち、自然の気象条件を巧みに調節している。その働きは、生物が生きて行くのに必要なぬくみと水気、つまり温度と湿度を絶妙に保つ仕組みになっている。現在問題になっている地球規模の気温上昇は、この地球を取りまく自然の大気の着物に、人間の生産活動や消費活動によって放出される大量のガスによって作られた着物を、地球にかさね着させた事によって起こされていると考えれば分かりやすい。温室効果ガスといわれるものがその着物であるが、主として化石燃料を燃やす際に出る二酸化炭素や、フロン、メタンなどが原因となっている。気温上昇によって溶けた氷河や、北極や南極の氷山は水となって海に流れ出る。その結果、海面は上昇し、渚は消え、島嶼国家、海辺低地帯地域は、巨大化する津波や海水の地下水への浸透などで大きな被害を受ける。温暖化が続けば、今世紀中に国土が水面下に消え去る運命にある島嶼国家も少なくない。
地球温暖化で高潮や洪水の影響を受ける人たちは、低地帯の居住者であり、その数は4600万人から9200万人、その他の生態系の崩壊により影響をうける発展途上国の人々は数億人といわれ、いままで人類が経験したことのない巨大なスケールになる。この温暖化をもたらす温室効果ガスは、主として先進工業国がいままで排出してきたものである。経済のグローバリゼーションは貧富の差を拡大してきたが、温暖化という自然破壊においても、弱者と強者、被害者と加害者がはっきりと分離されていくという構図がここには見られる。さる7月ジェノバで開かれたG8に対して、死傷者を出した20万人におよぶ「反グローバル化」を叫ぶデモは、この弱者・被害者の主張を先進国G8はもっと真面目に聞けというものであった。国連の気候変動に関する政府間パネル・IPPC(2001)によれば、平均地上気温はこれから約100年間で、最大5.8℃上がると予測されている。これまでの1万年間の変化は1℃にも満たなかった。この気候の安定のおかげで人類文明の発展があったといわれる。現在のスピードで地球の気温上昇が続けば、人類生存にとって深刻な問題となる。
地球温暖化により、海面上昇の被害を被るのはなにもツバルなどの島嶼国家だけではない。日本でも50cmの水位上昇で299万人が移住を余儀なくされる。海面が1m上昇すると、海抜が0m以下となる地域例としては、東京では江戸川区、墨田区、葛飾区、江東区などが上げられる。30cm海面上昇で日本全体で現存する砂浜の57%が消失し、1m上昇で90%が消失する。
一方、水資源の絶対的不足が人口増加により加速化するという意味でも、21世紀は「水の世紀」であるといわれる。宗教者にとって、この水資源や地球温暖化の環境問題は、人間活動の鏡である限り、即精神問題でなければならぬ。天理教教理からすると、をもたりとくにとこたち両神の守護よって象徴される、本来あるべき生態系の火と水、そして人体のぬくみと水気のバランスの中で、それに対応するこころの働きとしての理性と感性、理と情の働きのアンバランスが、温暖化の精神的原因であるという考え方。つまり、温暖化というグローバルな環境問題を突きつけられて、いまローカルな信仰者個人に問われているのは、人と自然の関係に照応する人と人との関係、個人と組織の環境に介在する、理と情のバランスの問題でもあるという考え方も成り立つのではなかろうか。

2001年10月  
「文明の衝突」に見る「善と悪」

冷戦後の文明間の衝突を予言したハーバード大学教授サムエル・ハンチントンの『文明の衝突』(1996)は大きな反響を呼んだ。冷戦後の世界はグローバルな国際社会の一体化が進むというのが当時の支配的な見方であった。しかし、ハンチントンは、イデオロギーに代わって冷戦後は多様な宗教や民族に基づくいくつもの文明がその存在を主張するようになり、米国だけが唯一の超大国であるかのように傲慢に振る舞うのは、地域大国や他の文明から反逆をもたらすだろうと分析した。9月11日の米国での同時多発テロによる攻撃は、その論拠の正しさを物語っている。
テロ首謀者ビンラーディンをかくまっていると言われる「タリバーン」は、パシュトゥーン族からなっている。このタリバーンをパキスタンが支援してきた。パキスタンにはアフガニスタン国境周辺に一説150万人ともいわれるパシュトゥーン族が住んでいる。また、タジク、ハザラ、ウズベク族からなる「北部同盟」は反タリバーンである。そして言うまでもなく米国は反タリバーンであるから、この三角関係の中でパキスタンに内乱が起こるのは目に見えている。
一方、3種族からなる反タリバーンの北部同盟は、一致団結していない。仮に米国が北部同盟を支援してタリバーンをうち破っても、政権をとった北部同盟の3派が潜在するタリバーンのテロを常時警戒しながら、派閥間の覇権闘争を繰り返すという構図になっている。ために、一部にはイタリアに亡命していた超派閥のザヒル・シャー元国王を帰国させ、アフガニスタンを統一させようとしているが、過去の経緯からして、その前にパシュトゥーンの元国王は暗殺されてしまうだろうという説の方が信憑性を持つ。
パキスタンは1989年ソ連軍が撤退したあと、イスラム自由戦士・ムジャヒディーンのゲリラ派閥を支援していた。主として元首相G・へクマティヤール党首の率いるスンニ派原理主義ヒズミ・イスラミ「イスラム党」にアメリカの援助資金はわたっていた。この事実はハンチントンの『文明の衝突』(375頁)にも記されている。1980年に筆者はペシャワールのヒズミ・イスラミの本部でこのヘクマティヤールに会見している。会見中、突然彼が退席し、側近もつづいて退席し、カメラマンと筆者の二人は薄暗い部屋にぽつんととり残された。しばし沈黙がつづいた後、中庭でゲリラによるコーランの敬虔な祈りが始まった。窓越しにそれをのぞき見しながら、再度会見の時間を静かに待ったのを昨日の如くにいま思い出している。
世界貿易センターに突っ込んだテロリスト、ムハマド・アター(33)は、遺書の中で「殉教者」としての長文の祈りを残し(『ヘラルド・トリビューン』9/29)、ブッシュ大統領は、旧約詩編23を引用してテロとの戦いは「善と悪」との戦いと位置づける(同9/12)。そして法皇ジョン・パウロ二世は、アルメニアの教会の祈りで、グローバルな問題を解決する唯一の方法は何が「善か悪」かを選択するところにあると述べる(同9/24)。そこには納得出来る宗教的懺悔の片鱗も見いだせないのだが。一神教の「善と悪」との二項対立における正義が二分化された争いはこれからも延々と続くのだろうか。一方米軍機は、戦いのための武器・弾薬・兵士と、その被害者のための「人道的支援物資」を同時に輸送している。これが新しい形の戦争であるとしたら、何とも奇妙な「善と悪」二者択一の辿りついた姿であると言わねばならない。

2001年11月    
現代の「谷底」・「高山」戦争に学ぶ

世界で最も豊かな国アメリカが、いま世界で最も貧しい国アフガニスタンを徹底空爆している。まさに『おふでさき』に啓示されている「高山」と「谷底」の戦いが象徴的に進行している。泥沼化するアフガン戦争の中で、貧富の差を惨めなまでにも拡大化してしまったグローバリゼーションの強力な牽引車・アメリカは、「高山ハせかい一れつをもうよふ まゝにすれともさきハみゑんで」(3−48)という神言をいま実証しているかのようだ。空爆される最貧国アフガニスタンは、「どのよふな高い山でも水がつく たにそこやとてあふなけわない」(7−13)というような心境で、高山の積雪の稜線を見上げ、長期化する地上戦にさらなる戦意を谷底から駆り立ている様子が窺われる。
アフガニスタンに対するアメリカのとめどもない空爆はやむところを知らない。しかし、29日発売の米週刊誌『タイム』を引用する『朝日新聞』(10月30日)によれば、「米国防総省の最も甘い評価でも目標に命中したのは85%で、15%にあたる450発以上は誤爆」であるという。カブールの赤十字の食糧倉庫は3回続けて誤爆された! 誤爆による被害は勿論戦争と関わりのない村落や市民・婦女子にも及んでいる。アメリカの空爆の目的は、タリバーンの軍事施設を破壊し、テロの犯人と目されるビンラーディンを地上部隊によって追いつめ捕獲することにあるというが、徹底した空爆が連日1ヶ月も続き、先鋭の特殊部隊が侵入している現在でも、目指す人物が籠もる場所はいまだに定かではない。万が一ビンラーディンを捕殺することが出来ても、彼は殉教者として脚光を浴び、さらにテロの恐怖は過激化する。
つまり、高山・アメリカ側にとっては、谷底の「めざる」一匹に見立てられるビンラーディンを捕獲出来てもマイナス、出来なくてもマイナスである。現に今朝(10月30日)のCNNニュースによると、200余名のタリバーンの精鋭がアフガニスタンを脱出し、英国に侵入したのではないかと伝え、米司法当局は一週間以内にアメリカのどこかで新たなテロが発生する可能性があると警告している。テロがどこかで発生するでは防御のしようがないから、不安や恐怖は増幅する。つまり、この事実は空爆を正当化した「悪か正義」かの二者択一の論理が、現実には全く有効性を持ち得ず、間違っていたということを証明している。一方、拡散する高純度兵器「炭疽菌」への対応はちぐはぐで、空爆の成果も見えていない。だんだんと米国民の団結に亀裂が入り始めている。報復は報復を呼ぶ。そのサイクルをどのようにして断ち切るか。人類の知恵と決断がいま求められている。
テロはあらゆる技術を尽くして防ぐ必要がある。しかし、なぜテロが起きているのか、その原因を歴史や宗教、或いは経済や人権の不平等といった社会的視点からだけではなく、心性還元論の罠を避けながら、現実の問題に対応し、同時に人間の心の本質についても考える必要がある。『文明の衝突』でS・ハンチントンが予測したように、アメリカの国際社会における「傲慢な振る舞い」がテロの遠因であったとしても、「世界は鏡」と教えられる限り、それを心の内面鏡に照応する問題として、例えば「こうまん」の埃を払う厳粛な信仰的行為に繋げていかねばならない。少なくとも具体的にそうでなければ、全人類の陽気暮らしや世界平和への祈りも対話も、さまざまに求められる信仰姿勢も、焦点がぼやけて現実の世界と断絶してしまう。

2001年12月  
アフガン難民村に土嚢シェルターを

世界的に環境問題が深刻化するに従い、土嚢(アースバッグ)を建築に使うことが、重要な自然建築技術として復活してきた。
考えてみれば、人類だけが住居を造るときに自然を破壊する。昆虫、魚類を始めとし、鳥類、哺乳類、霊長類に至るまで、彼らはさまざまな巣を作るが、人類の巣だけが、材木をはじめ、鉄骨やセメント、化石燃料などを加工して造られる。加えて、働く場所も農業以外はなべて人工建造物の中だが、最近は野菜生産工場もある。しかし、むかし自然を破壊する科学技術が発達していなかった頃は、土や石、草や樹木の枝葉などが多用されていた。アフリカやインドの土壁の家、中東、中南米、そしてモンゴルなどに見られる干しレンガによる建物や、黄土高原のヤオトンはよく知られている。
ナーダ・カリーリというアラブ系のアメリカ人建築家は、大地の建築とも言われる土嚢建築で有名である。彼は大学の教授でもあるが、カリフォルニアのヘスペリア砂漠で、スーパーアドベという土嚢によるさまざまなモデル棟を大学生と共に建てている。砂漠の土砂に極少量のセメントを混ぜ、それを詰め込んだ袋を円形に積み重ねて行く。積み上げる土嚢コイル各層の接触面を固定化するために、有刺鉄線を層と層との間に入れることを思いついた。彼はこの新しい工法で、カリフォルニア州より建築許可を取り、独自のデザインを施して、いまヘスペリア人工湖畔にデザインが非常にユニークな博物館を建築中である。ちなみにこの湖畔の岸壁は、セメントではなく数マイルの長さの土嚢コイルを10数段重ねて張り巡らしてある。勿論目に見えるのは上部の土嚢コイルだけであるが、そこには微生物も適度に繁殖して水生植物が茂り、魚釣りを楽しむ市民も多い。NASAもこの土嚢工法に注目して、月面基地建設に応用するため近々実験に入ると聞いている。土の住居は人類の歴史と共にあるが、いまそれが新しい土嚢技術を伴って浮上してきた。
8月の天理大学生によるインド地震被災地グジャラート州ジャムナガールにおけるモデル土嚢建築は、このカリーリの技術からヒントを得たものである。しかし、実際やってみると、長さ65cm幅45cmあまりの土嚢は30キロ以上の重さであるから、それを背の高さまで持ち上げる作業は長続きしない。しかも上部に行けば行くほど、直径が狭まる円錐形の建物は、バランスが微妙で危険が伴う。また、インドのボンガといわれる伝統的円形住居の屋根部分は草葺きが多い。こちらの方が、遙かに作業はラクであり、見栄えも暖かい感じがする。そこで、私たちはアッサム地方で取れたという孟宗竹を入手して屋根の枠組みをつくり、その上を茅葺き様に仕立て上げた。
極貧のアフガニスタンで戦争が続き、難民が続出している。難民村の住居は見渡す限りテントの波である。ここに安価で工法が簡単な土嚢シェルターのモデルが出来ないだろうか。カナダやニューメキシコには「国境なき建築者」(Builders Without Borders)というNGOが立ち上げられ、基本的人権にかかわる人間の住居提供に向けて、土嚢をはじめ自然の建築素材による住居モデル作成のワークショップを実践し、技術普及の活動を始めている。これら NGOとタイアップして、アフガン難民村で、人間が立つ大地の土を原料に、安価で風土・気候に適した、工法も易しいシェルターのモデル建築が、難民の人たちと協働で実現出来ないかと考えている。
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by inoueakio | 2001-01-03 12:18 | 巻頭言集
2000年巻頭言1~6月号
2000年1月
「二つ一つ」の原理─グローカリズムの視点

 グローバリズムとローカリズムを橋渡しした概念をグローカリズムと呼ぶことにしよう。前者を地球主義、後者を地域主義とすれば、グローカリズムは地域と地球の二つを一つにした地域地球主義ということになろうか。従って、本誌の名称である「Glocal Tenri」とは、地域地球主義に立つ「二つ一つ」の天理ということになる。
 『グローバリゼーション』(東京大学出版会)の著者であるローランド・ロバートソンは、「社会理論、文化相対主義、グローバリティーの問題」という論考の始めに、グローバリズムの大御所で、世界システムの提唱者E・ウォーラスティンの次のような言葉を引用している。
「現代社会におけるさまざまなナショナリズムは、かつての勝ち誇った諸文明と同じではない。それらは、普遍なるものへの同化…と同時に個別なものへの固執…に向けて、その欲求を多元的に表現したものである。つまり、ナショナリズムは個別主義を通しての普遍主義への欲求であり、普遍主義を通しての個別主義である。」(訳筆者)
 本誌でいうグローカリズムとは、個別と普遍を対立概念として捉えるのではなく、両者を統合する立場に立つ。つまり、グローカリズムは、ウォーラスティンのいう現代におけるナショナリズムのように、普遍主義を通して個別なるものを求め、また個別から普遍なるものへの同化を求めるのではなく、個別と普遍を結びつける方途を模索する。こういった考え方は「地球規模で考え、地域で行動する」とする環境問題解決のための実践規範としても有効であるが、この個別と普遍の考え方は、宗教系大学における独自な建学の精神と、その理念の普遍化、つまり現代に見合ったその拡大解釈の問題に対しても、解決の糸口を与えてくれる。
 いまどき、「本学においては国際人は特に養成しない」と謳っている大学はない。当然のこととして、国際人を養成するという目的は、その大学の個別性とは何ら関係はない。個別性とは目的に到るために大学が提供し得る他の大学に見られない特有のカリキュラムの内質や、大学がよって立つその建学の精神に向けられている。従って、開かれた普遍主義に立脚して、個別をどのようにして活かしていくかという、学問的領域において当事者の実力が問われる。そこでいわゆる「大学の神学」の問題においても、この個別である建学の理念を、世俗化する現代において、普遍性をもって如何に解釈し適応するかということが問題となる。つまり、焦点はその解釈に基づいて、個別と普遍の間隙を埋めるものは何かということになる。普遍に通じない独自性は排他や独善に陥りやすい。
 天理大学についていえば、教理に述べられた真理を犠牲にすることなしに、建学の精神を活かし現代の状況をふまえながら、この両極の橋渡しを可能にするユニークな構想と実践案が求められることとなる。本誌は、地域と地球、理論と実践、物質と精神、聖と俗、男性と女性、理性と感性、からだとこころ、科学と宗教といった対立概念を「二つ一つ」にする思考の試みを目指す。その中で建学の精神の中核をなす海外伝道を、異文化論の視座から貴重な生きた人間学として捉え、さらには様々な学問の領域に見られる個別と普遍、理論と実際の乖離に対して、天理教学を基底にその両極の学際的橋渡しにも、いささかなりと貢献できればと考えている。

2000年2月
グローバリゼーションと「裏守護」再考
 天理教の根幹である「元の理」において、十の神名で象徴される親神の守護の働きは、一つ一つがそれぞれ独立した機能を果たし、その場所を占めながら、人間宿し込みの「ぢば」を中心に、全体として一なる神の守護に包摂・統一され、十全のものとなっている。その解説背景に、いわゆる「裏守護」の説き分けがあるが、その説き分けは、現代におけるグローバリゼーションの画一化の問題と、民族文化や原理主義の反逆を考える上で、非常に示唆に富んでいると考えられる。
 深谷忠政本部員は『天理教教祖論序説』の中で、「いわゆる十柱の神の裏守護といわれるものは、天理王命が神々の神として元の神たることを明示するものである」とし、30の裏守護を挙げている。そして、方位をもって示される十柱の神の守護の説き分けは、神が存在論的にではなく、機能的に明らかにされている意味において天理教神観の特徴を示しているとする。
 そこで世界の多様な宗教は、すべて十柱の神の守護のどれかを強調しているものと解釈し、キリスト教は「愛を重んじ、かくれた神の顕現という時間的関連を説く」故に、をもたりのみこと、対して仏教は、「人間の理知を重視して諦観を教え、縁起という空間的関連を重視」する故に、くにとこたちのみことの守護の上に成立すると言う。
 『天理教教祖論序説』は、これ以上突っ込んで考察してはいないが、世界の多様な宗教思想が持つ、歴史的な特徴や多様な文化の個性を見極めることにより、その特性を親神の十全の守護に対応して検証することは、 「裏守護」説き分けの神意に添った「元の理」の文明的解釈であろう。サミュエル・ハンチントンが『文明の衝突』において、多極・多文明化する世界を語り、比較文明学会会長の伊東俊太郎が「文明調整」の方途を掲げる時、天理教学においては、「裏守護」が示唆するパラダイムの文明的展開が求められる。
 天理教学が「裏守護」に関して、その書誌学的研究の領域に止まっているのは、神道や仏教見立てにおいて見られる非整合な配置にあるからであろうか。しかし、もともと世界の多様な宗教や文化、そして文明は相互に影響し合っているから、個々の教義の独自性を境界として、必ずしも相互に排他的に存在しているのではない。つまり、それらの教義には重なり合う部分が見られる。風土や歴史伝統による相違はあっても、人間として社会生活を成り立たせるための共通的倫理規範も当然持っている。それを集大成し、人類普遍の「地球倫理」を創出しようという国際的な試みもある。
 ハンチントンも、たとえ「わずか」であっても、人間の道徳的規範である「普遍的な性質」は、あらゆる文化に見い出されるとして、普遍主義を放棄して多様性を受け入れ、共通性を追求することの大切さを強調している。この視点の方向は、自ずから「元の理」と「裏守護」の説き分けの根拠について再考を促す。親神の下に、人間の魂が平等である権利と、それぞれが違う心で造り出す文化相異に立つ個性は、まったく矛盾しない。加えて、現実の世界は、ファジーで成立っている。
 「裏守護」の曖昧性、非整合性はこの世界の非条理な多様的現実に立脚している。「裏守護」を伝える「元の理」の構造は、諸宗教間の共存・調和に向けても、グローバリゼーション時代に対応する、天理教学の姿勢と新しい視点を提供するものと考えている。

2000年3月
私立大学存続の危機と天理大学
 私立大学をめぐって、激しい環境変化が起っている。本年の速報によれば、都心にある私立大学を除き、特に地方に位置する私立大学は、なべて志願者数が激減している。前年度と比べると、学部や学科によっては7割減という危機的な大学も見られる。志願者数の減少は少子化だけが原因ではない。少子化が進む中でも、志願者が増加している地方の私立大学もある。志願者が激減する地方の大学と、増加する同じ地方の大学の違いは、一体何処にあるのかという点を厳しく見極めることは、それが大学存立の本質に触れているが故に教訓的だと思われる。その実態を的確に把握し、大学の施設や組織構造の中身を支える教育・研究の独自的・質的内容において、それを自学の実情に照らし、厳しい自己批判と評価を行い、学ぶことが大切だろう。
 そのためには、例えば研究成果の「publish or perish」(出版せざれば滅ぶ)というアメリカにおける大学教員評価の通念を導入することも求められる。また、地域性や時代性に即応しない学部・学科のスクラップ・アンド・ビルドは、志願者の大学選択において、就職実績重視の大学評価が行われる現在、思い切って実践されなければならない。ソフトの貧弱な大学は、如何に建学の精神の言葉や施設が立派であっても、志願者増加を期待できないのは当然である。
 平成10年の大学審議会は「21世紀の大学像と今後の改革方策について」という長文の答申において、「競争的環境の中で個性が輝く大学」というサブタイトルを掲げている。つまり、「大学の個性」を大学存続の為の改革の基本理念に置いているのである。独自性なかりせば、生涯教育の受容や、入試方法の改革などは、本質的な問題ではない。まず私学に求められる個性あるヴィジョンを打ち出し、教育・研究の不断の改善を追求することが、長期的効果を実現するについて大切であると言うのである。
 法政大学は改革方策として「開かれた法政21」、早稲田大学は「グローカル・ユニバーシティ」というヴィジョンを掲げ、大学としての特徴を打ち出している。そのヴィジョンに基づいて、例えば前者は独自のプランを立て、プログラム化(政策化)し、具体的な事業(プロジェクト)を行っている。そのキーコンセプトとして「グローバル化への対応」、「社会との交流」、「生涯教育の推進」の三つを掲げている(清成忠男『21世紀の私立大学像』)。
 橋本武人天理大学学長は、2月16日の臨時教職員会議において、入試志願者の激減という結果を踏まえ、天理大学は2004年には全入時代に入るという危機感を述べ、学校法人天理大学の山田忠一理事 長が設置した諮問機関・大学運営審議会の下に、急遽学内における改革のための委員会を発足することを発表した。山田理事長は、私学の置かれている現在の状況を、生き残りをかけた「戦国時代」という厳しいことばで表現している。生存競争の時代は去り、私学は生存戦争の時代に突入したという認識である。この認識に立てば、生存への勝利を目指して、全員戦士という真剣味が関係者個々人に求められる。また勝れた戦略の構築と、その敏速なる広報を通して、学内戦士の意気投合が必須となる。
 戦う意志と力のないものは、戦場において邪魔になる存在であるから、退去してもらうしかない。この真剣な戦いの経営原則は、企業も大学も変わりはない。大学崩壊・倒産を乗り越えるためには、小心翼々としている時ではない。

2000年4月
「大学の国際化」の落とし穴
 「国際化」という言葉は極めて曖昧な日本語である。その原因はどうやら「化」という漢字にあるような気がする。「国際」的とは英語のinternationalの訳語として辞書には出ている。ここまではいい。しかし、それに「化」が加わって「国際化」するという日本語の自・他動詞に翻訳されると、途端にややこしくなる。つまり、「国際化」を意味するinternationalization という19世紀末生まれの英語は、明らかに他動詞が名詞化した概念を歴史的にも表わしているからだ。
 最も権威ある英語辞典『オックスフォード英語大辞典』によれば、internationalizeという言葉は1883年のContemporary Reviewという雑誌が初出であり、「コンゴを国際化するに際し英国と手を結ぶようベルリン政府に対し熱心な訴えがなされた」という文脈において使われている。これは江淵一公著の『大学国際化の研究』からの孫引きであるが、ここにおける「国際化」とは、コンゴが英国やドイツの仲間入りをするということではなく、英独の植民地下に置かれ、共同管理のもとに支配されることを意味する。 一方、『日本国語大辞典』によれば、「国際化」とは「国際的なものになること。世界にするようになること」を意味している。そこには「国際化」を先進的な行為であると見なし、自己の到達すべき彼方にある理想と見なす意識が見られる。同時に、「国際化」には彼方の領域に組み込まれる一種の自己変革、組織変革のプロセスと捉えられている教育的風景が見受けられる。従って、「国際化」に関する議論も、日本人が相手を「国際化」するのではなく、先進欧米諸国に受け入れられるようになるのにはどうすれば良いかというふうに方向づけられている。こういった直線的「国際化」の理解に立つと、国際交流を通しての異文化相互理解も「文化交流」とはならず、「文化直流」に終ってしまいがちだ。
 近年富みにNGOによる途上国支援の意識が我が国の若者の中でも高まり、それが「国際交流」を超えて、脱国民・国家的な「民際交流」(transnational)に進化しつつあるのは喜ばしい。こうした時代潮流の中で、現代の大学がカリキュラムの改革や、プロジェクトを立ち上げるに際しては、例えば「国家の安全保障」から、国境を超えた「人間の安全保障」、つまり地域紛争や飢餓、貧困、開発による自然破壊や、人権侵害など個々の人間がさらされている様々な脅威にどのように対応するかという脱「国際化」の視点がきびしく問 われるようになるだろう。
 「国際」という言葉は、そもそも文化・宗教の内実とは馴染まない概念である。「世界たすけ」といっても、「国際たすけ」とは言わないのを見てもそれは分かる。国際とは国家と国家との関係性であり、たすけの対象を意味してはいない。国家とは、近代において成立した政治的、人為的なシステムであるから、文化・宗教単位で成立する平和国家は基本的にあり得ず、従って厳密な意味で、本来「国際宗教」や「国際文化」という概念は論理的に成立しない。
 このような次第で、経営組織としての大学の「国際化」と、教育の中身における「国際化」を考えるに際して、「国際化」という言葉の持つ多義性に「化」かされてはならない。そのうち国際的人材の養成といった言葉は使い古されて、脱国家的な世界的人材の養成というグローバルな概念にとって変わる時代が来るであろう。

2000年5月
「自然資本主義」思想の台頭
 アメリカのコロラド州にあるシンクタンク・ロッキーマウンテン研究所(RMI)の所長であるA・ロビンズとL・ロビンズ女史、そして著名な経営評論家のP・ホーケンが、1999年共著で『Natural Capitalism: Creating the Next Industrial Revolution』(『自然資本主義:次期産業革命の創造』仮訳)という本を出版した。この400頁に及ぶ大冊が提示する新しい経済思想のパラダイムは、いま欧米において環境破壊と人類の開発の未来を考える政財官界やNGOの中で、熱い注目を浴びている。すでに独語の翻訳は出版され、仏、露、中、葡、日本語の翻訳がいま進行中である。
 ある書評は、アダム・スミスの『国富論』が第一次産業革命のバイブルであったとすれば、『自然資本主義』は第二次産業革命のバイブルになるであろうと絶賛している。伝統的資本主義の産業構造は、人的資本、財的資本、物的資本の三つを基本的な資本と見なし、富を追求する手段として自然を搾取してきた。
 しかし、自然を資本とみる「自然資本主義」の新しい考え方は、自然の生態系のシステムや働きに学ぶ事によって、逆に環境や組織のあり方を改善し、人類が豊かになる方法を啓発しながら、組織に改革をもたらすモデルを提案・実践させることで、その正統性をプラグマティックに証明して見せるという点にある。
 さまざまな企業や行政が、RMIのコンサルティングを受け、環境保全と経済発展を有機的に両立させ、著しい純益を生み出しているといわれる。顧客には、日本の著名なゼネコンも含まれている。 クリントン大統領は、昨年の11月、イタリアのフローレンスにおける演説において、この著が主張する「自然資本主義」の意義についてふれ、珍しく一出版社の本の宣伝を行った。
 RMIの月報『RMI Solutions』2000年4月号は、クリントン演説の部分を次のように引用している。「ここ数年私は、経済成長かそれとも環境保全、環境改善かという二者択一をする必要はなく、私たちにとって必要なのは、産業時代が採用してきたエネルギーの使用パターンを断念することであると強く確信するに到った。……そこで、私は皆様方全員に、一冊の本を読んで頂く事を強くお勧めしたい。この場所で、その本を売り歩きたいほどだ」と述べ、「自然資本主義」の熱狂的な支持者として宣伝を行ったという。
 クリントンは「この書は、現在私たちが、環境を悪化させるのではなく、浄化することによって、さらに豊かになることを可能にするテクノロジーを持ち、またそのようなテクノロジーが私たちの視野にすでに入っているということを、根本的に証明しているのは議論の余地がない」と続ける。本年4月カリフォルニア工科大学で開かれた「キャンパス緑化・コミュニティー緑化」というシンポジウムで、筆者は地球温暖化を防ぐ竹林の利活用と、産業廃棄物を素材として我が国が開発した、セメントや木材に代わる先端テクノロジーの紹介を行った。「自然資本主義」の最新情報は、その時基調報告を行った RMIのC・C・ロッペイック上級研究員から得たものである。氏と討論しながら、自然は神の身体であり、その生態系の機能を神の働きと教えられる天理教の自然観に、世界の高山がだんだんとその実証をたずさえて下山・接近してくるという実感を持った。教学を学ぶ者にとって高みの見物を決め込んでいる時ではない。

2000年6月
混沌化するローマ字表記
 情報システムのめざましい進化がグローバリゼーションを加速化させている。国境をいとも簡単にこえて、英単語が日本語のなかにはいりこんでくる例も枚挙にいとまがない。逆に日本語が英語のなかにはいりこんでいく例も増えてきている。後者の場合は、sushi, tsunami, sasanquaなどにみられるように、英語としての正式な綴りが統一されていて、それはsusi, tunami, sazankaという綴りでもよろしいというわけではない。

 ところが日本語ではどうだろうか。ローマ字表記ひとつをとってみても、訓令式あり、ヘボン式あり、日本式あり、勝手気まま式あり、その表記は多岐多様にわたっている。街をあるくとkobanというローマ字が、新装なった「交番」のサインとして表記されているのが、最近目につくようになった。外国人のためなのであろう。しかし、「小判」のローマ字表記もkobanである。「交番」と「小判」はおなじ表記であるから発音もおなじであり、日本語初級者にとっては、koban は同音異義語と解される。
  実際はこの二語の発音はあきらかに異なるので、まことにややこしいことになる。看板といえば、能登の「見附島」では、外国人観光客むけに・・ mitukesimaとmitsukeshimaという異なった表記の看板が二本立っている。管轄省庁によって、日本語の表記がちがっている。駅や町の看板のローマ字表記の不統一は、それが日本語、外来語であるにかかわらず、目をおおうばかりである。
 それは日本文化が多様性を受け入れるという、優れた寛容性をもっているからであり、目くじらたてるほどでもないという人もいる。外務省は、パスポートにアルファベットで表記する氏名について、4月から「OH」と長音表記することを認めると発表した。これまでは「Ono」というローマ字のヘボン式表記しか認めていなかったため、小野さんや大野さんたちから・・「Ono」だと海外で正確に呼んでもらえないことから起きる苦情が寄せられていたからである。小野さんが大野さんになったり、大野さんが小野さんになったりするような例はほかにも山ほどある。「オオノ」なのか「オウノ」なのか「オーノ」なのか。長音はかな表記においても不統一である。
 言語は文化の遺伝子であるといわれる。しかし、かくのごとき正書法も、標準語をももたないという世界でもめずらしい国は、ますます情報化する世界にあって、経済活動においても、文化発信においても、すこぶる不利なのではないかと、5月20日天理大学アメリカス学会で記念講演された小和田恆大使にご意見をうかがった。そのとき氏は、英語も日本語も相互にそれが母国語でないという条件のもとでは、それをマスターするについてのむずかしさと必要な努力は同等だとしながら、かつての高村外務大臣は、小村寿太郎大臣の末裔かと他国の外交官からたずねられて、名刺のローマ字表記を・・KomuraからKoumura にかえたというエピソードも披露された。
 日本語もおなじく煩雑で、氏の名前小和田をKowadaかOwada と読むかは、学ぶしか方法はないというわけである。はたしてこれでよしとすべきなのだろうか。 日本文明存続のためには、「国語」という砦からでて、「世界語」としての日本語のあるべきすがたを、文明の視点から見直すべき時がきていると思われる。文明の問題は、なによりもまず、情報の問題であるからだ。
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by inoueakio | 2001-01-01 00:59 | 巻頭言集
2000年巻頭言7~12月号
2000年7月
「甘露台」事情の共時性

 いまを去る20年ほど前、憩いの家の胸部外科医であったK・レシャード君のたっての依頼で、アフガン難民救済有志会を発足させた。ぺシャワールから3名の戦うアフガン難民・ゲリラ幹部3名を日本に迎えて、彼らと共に難民援助活動に励んでいた頃のはなしである。私たちは協力を求めて、日本船舶振興会(現日本財団)の笹川良一会長を訪れた。そのときのことである。笹川会長が話のあいまに突然、「井上さん。天理教に甘露台という神さんあるやろ」と問うた。「うーん、甘露台が神さんというわけではありませんが」と、その説明に入ろうとする私の発言をさえぎって、「あれは、わしの30台の時やったか、それを本部に返しに行ったら、そんなもんは神さんではないと言われた」と続けた。もちろんそれとは、明治15年官憲によって没収された、2段の石の甘露台のことである。アフガン和平と難民救済を訴える中で、人類創造の象徴である「甘露台」という言葉が突然とんで出てきた「共時性」(シンクロニシティー)に驚いたことを想い出した。
 6月26日祭典中、「しんのはしら」である甘露台を、侵入者が抱きつき倒すという事情が発生した。事件は明治15年とはその動機が異なる。反教者が起こした事でもないらしい。教史上「いままでにない事」である。親神は”「いままでにない事」ばかりゆいかけて よろずたすけのつとめおしえる”と「元の理」の委細を説き聞かされた。同様に「いままでにない事」として現れた、このたびの神の「かやし」の「共時性」を理解するためには、私たちの「いままでにある」レベルのさんげや心定めの繰り返しでは、「いままでにない事」として現れた神意のスケールに、照応していないということに気がつかねばならない。甘露台に象徴される「つとめ」の意義は、信仰の普遍的救済のメッセージにある。しかし、信仰の「内面化」に力点がかかりすぎると、その普遍性は遠のいてゆく。普遍的な救済のメッセージを狭め「個別化」することは、信仰の「独自性」を築き上げるが、一方その「個別化」の傾向は、より内部志向を強め「合理化」への反動を生む。
 信仰の「内面化」は、精神的成長にとって大切だが、注意すべきはその「内面化」が「呪術化」する危険を持つことであろう。つまり、時として排他的で、内輪の者にしか真実が「解らない」形での社会から断絶した信仰となる(青木保)。新新宗教にときとして見られる傾向である。文化としての宗教は、その独自性によってアイデンティティを保持するのであるが、世界宗教は、その個別性の中で、普遍という世界を包摂し、異質文化の多様な領域や時代にも通じていなければならない。集団、個人にかかわらず、信仰者の意識において、この個別と普遍の調和が欠けたときに、「元の理」の原理にそって神の手引きとして身上・事情が、個人にも社会にも、自然にも現れる。
 ローカルとグローバル、個と全体という相照応する二つを一つにつなげる「グローカル」な発想と実践が、節を乗り切るには大切だ。このたびの甘露台事情は、このグローカリティの概念を「元の理」を掘り切ることによって、さらに展開せよという親神のメッセージとして受け取りたい。においがけ・おたすけは、広報・宣伝や慈善・治癒といったものではない。「元の理」の意味が分からなければ、布教も求道も方向性を失うのである。教学の再生・振興が切に求められる。

2000年8月
世界語としての日本語を考える

 日本人は過去千年間、漢字という化け物に悩まされてきた。IT(情報技術)革命の時代に、外国と対等に渡り合うためには、漢字かなまじりの日本語では太刀打ちできない。ローマ字なら対等に勝負ができる。このように本年の6月17日、天理で開催されたおやさと研究所主催の「言語と文明─世界語としての日本語を考える」という講演会で、文化勲章受賞者・梅棹忠夫は主張した。

 急激な情報量の増加と経済のグローバル化は、いまのところ英語を世界の共通語としてすすめられている。英語が分らなければ、経済や科学・技術においても世界からとり残される。そこで、日本にも英語第二公用語論がでてきた。英語を学ぶ時間があるなら、正しい日本語をもっと勉強すべきで、英語はスペシャリストに任せておけばよいという意見もある。

 言語と文化は不可分という常識がある。伝統的にはそうであろう。それに対して、外国人の日本語学習者は、世界で多く見て400万人であるが、その数がいっこうに増えないのは、第一に漢字を使うからであり、第二に日本語には敬語や、人称などをめぐって、実にむずかしい多様な表現があるからであるといわれる。そこで、日本語を国際語として普及するために、外国人のために新しい文法を考案することが大切であると、国立国語研究所は「簡約日本語」なるものを人工的につくり出した。その中身を示すと、たとえば『北風と太陽』の話は、「まず北の風が強く吹き始めました。しかし北の風が強く吹きますと吹きます程、旅行をします人は、上に着ますものを強く体につけました。とうとう北の風は彼から上に着ますものを脱ぎさせますことをやめませんとなりませんでした。」となる。

 こういった表現が「簡約日本語」の初段階で、五段階を経て正常な日本語に辿り着くように工夫されているという。そこまでして日本語を「国際化」する必要はないという猛反対がいっせいに巻き起こった。筆者は「簡約日本語」なるものの中身には賛成しかねるが、日本語を外国人に学びやすくしようとすることには大賛成である。しかし、日本語の普遍化を可能にするその中身は、ローマ字化の方向が理想的であると考える。

 現・未来の日本文明を運転してゆく装置としての日本語、特に経済、政治、科学・技術上の受・発信においては、たとえそれが「おぞましい」日本語であっても、許容されるべきであろう。日本語は世界の言語のなかでも、動詞の変化ひとつをとってみても、きわめて論理的で、文法的にも簡潔にできている。つまり、普遍性ある世界語としての値うちをもっている。問題は表記法なのである。

 日本の大企業は、社内において海外との通信や取り引きを、コンピューターでわざわざローマ字から漢字に変換する労力を省いて、ローマ字で通信しているところが多い。ローマ字化は書き手に同音意義語を使わないという意識を生むので、聞き手にとっても分かりやすいという利点を生む。学生時代から講義ノートをローマ字で書き、盲目になるまで日記をローマ字で書いてきた梅棹は、分かち書きさえしっかりしておれば、分かりやすさは慣れの問題であるという。日本人が長らく親しんだ和服から、機能的な洋服に着変えて、洋服を着こなしているように、漢字からローマ字に移行することも同じことですという、梅棹のアナロジーには説得力があった。

2000年9月
天理大学雅楽部・「敦煌」演奏の歴史的意義

 天理大学雅楽部が、蔵経堂発見敦煌学誕生百年記念国際学術会議に、主催者敦煌学研究院の招請にこたえて、7月30日世界遺産として知られる「中国・敦煌の莫高窟」の正面において、200数十名の学者の前で、傾盃楽、催馬楽、蘇莫者などの雅楽を披露した。特に傾盃楽急の演奏は、現在の中国にはすでにない、莫高窟で発見された1000年前の敦煌琵琶譜にある同名の曲を演奏したもので、その歴史的意義はきわめて大きいと思われる。
 莫高窟には、現在528の石窟が確認され、その壁画の総面積は約5万平方メートルで、石像は約3千体に及ぶといわれる。320窟の舞楽図や429窟などの飛天に見られるように、その楽器の形態や演奏のスタイルは、日本の雅楽の源流であることを十分に物語っている。また敦煌のシンボルでもある、琵琶を背中に回してからだを捻り弾ずる天女の「反弾琵琶」舞の図は、濃艶でもあり、ロック・ミュージックのギタリストを遙かに凌いでいるように見えて、1000年の時の隔たりを全く感じさせない。
 敦煌は、中国側の西域との交通の要衝、シルクロードの出入り口にあたるオアシス都市であった。4世紀から14世紀にかけて仏教文化が栄えたが、16世紀以降はさびれ、1900年にその莫高窟から5万点あまりの古文書や絵巻が発見されたのが契機となって、「敦煌学」が起こった。雅楽の譜面は、正倉院でもその古譜が発見されており、フランス人ペリオが持ち帰った敦煌文書にある楽譜が、最近この日本の雅楽の琵琶譜をもとにして解読されたことは、専門家のなかではよく知られている。

 天理大学雅楽部は、今回それを莫高窟の前で劇的に演じて見せた。千年前の旋律をその場所で復元したことの意義は、シルクロード文化交流史のなかでも特筆されるべきであろう。天理教の本部・ぢばは、日本最古の道として知られる山の辺の道にそって、北には平城京を、そして南には藤原京を見るやまと盆地の東方の中心部に位置している。山の辺の道は仏教文化が東漸したシルクロードの終着点であるが、つぎつぎと発掘される遺跡や遺物は、その真実を如実に証明している。
 シルクロードは絹の道であるばかりでなく、経済・情報・文化の道であり、ホースロードでもあった。神殿の東礼拝場の東方階段付近から最近発掘された数多くの馬の歯は、ホースロードと山の辺の道が繋がっていたと考える考古学者もいる。シルクロードは巡礼の道でもあったし、さまざまな競技が伝えられたスポーツロードでもあった。
 ところで、遺伝子の情報列の進化が生物の脳を発達させ、その結果人間の心が生まれ、その心がさまざまな自然環境のなかで、多種多様な文化を育てたとすれば、シルクロードは文化遺伝子の情報列として見立てられる。このように考えると、シルクロードが運んだ多種多様な文化「種」の着床地点は、「苗床」・母胎としてのやまと盆地であるというイメージが浮かぶ。さらに言えば、この歴史・文化的事実と、着床地点に見立てられる聖地ぢばのもつ宗教的意味は、重なりあうこととなる。つまり、「裏守護」と見立てられる異文化や他宗教は、天理教の教えと断絶しているのではなく、繋がっているというわけだ。このような次第で、シルクロードに籠められた教学的意味は、きわめて大きいと言わねばならない。その掘り起こしが求められる。

2000年10月
宗教とスポーツ

 シドニーオリンピック競技大会が終わった。柔道では天理大学出身の野村忠宏選手が金メダル、篠原信一選手が銀メダル、そして細川伸二全日本柔道コーチが天理大学の教員であり、また銀メダルを獲得したシンクロナイズドスイミングの井村雅代ヘッドコーチも天理大学出身であることを考えると、天理大学出身のアスリートたちの活躍はすばらしかった。天理大学の体育学部は、校名発揚に今回もおおいに貢献した。
 スポーツは強いにこしたことはないが、肉体の耐えざる訓練を通して、精神にその成果が結果として反映されなければ、意味はない。より速く、より高く、より強くのオリンピックモットーも、あくなき人間の肉体の限界を超えようとする意味だけでは、単に動物のもつ力への限りない挑戦ということになる。オリンピックが単なる肉体の限界に挑戦する祭典であるなら、それを見ている動物たちは、人間のスピードのなさ、脆弱さを見てあざけり笑うであろう。
 もともとオリンピック競技は、ギリシャの最高神ゼウスに捧げられたスポーツ祭典であった。つまり宗教儀式の一部としてあったのである。そして、またオリンピック運動は平和運動であった。その故に、競技が始まると戦争は少なくとも競技開催中は休戦となった。相撲も考古学者によれば、葬祭という宗教儀式に深く関係している。また、聖フランシスコ・ザビエルは、あらゆる運動競技にひいで、特にピロタという球技に熱中するあまり、その右手はひどく変形していたと言われる。のちにザビエルは、スポーツ万能を恥じ、みずからの手首、手足を荒縄で縛り付けて肉体を痛めつけながら、精神の世界を磨いていったと言われている。
 当時のキリスト教会においては、肉体は精神と比較して、罪の原点であり、それを否定することが魂を磨き上げることに繋がると考えられていたのである。肉体を神のものとする天理教の教えとは対照的である。しかし、資本主義が発達し、近代化とともにスポーツが労働者や市民に広く親しまれるようになって、キリスト教会も肉体の鍛錬は、精神にとっても大切であると認めるようになった。
 クーベルタンは、当時のフランス人青年のひ弱さに比べて、イギリスのラクビー校の青年たちの強健さに触発され、オリンピック競技の復活を思いついたのである。そしてスポーツを教育に取り入れようともした。オランダの歴史学者ホイジンハは、人間をホモ・ルーデンスと規定した。つまり遊ぶ存在というわけだ。そして人間の文化は「遊びの中で、遊びとして、発生し展開してきた」と論じた。そして遊びから生まれたスポーツは、いまや巨大な文化装置として、世界の経済や政治に影響を与えるまでになったのである。遊びは聖なるものに通じる。同じように、スポーツの極限における崇高さはまさに宗教的とも言える。その熱意、協調力、忠実性、集中力、自制心、誠実性、いやしの力、祈りといった要素は、スポーツにも宗教にも共通している。しかし、スポーツは仕事としても成立するし、単なる暇つぶしとしても存在している。「陽気遊び」を神の人間創造の目的とする教理を通して、スポーツのその周辺領域がどのように見えてくるかという視点から、天理スポーツギャラリー展の期間中にシンポジウムの開催を考えてみた。

2000年11月
人間・生命と地球の共進化と「元の理」
 生命と地球の共進化を証明するために、全地球史解読プログラムという学際的研究のシンポジウム報告が月刊『地球』(1995/7)の特集で紹介されている。太古代における岩石や化石の系統的分析をもとに、地球システム全体の変動進化史と、それをもたらした地球多圏の相互作用の解読を通して、岐阜大学の川上紳一助教授らは、生命と地球の表層環境とが共進化してきたとの認識を得るに至ったという。

 この生命と地球の共進化という地球史の先端科学的解読は、人間の成長と自然環境の変化が相照応していることを示す「元の理」のはなしと類似している点できわめて興味深い。だからといって、勿論、この生命と地球の共進化仮説をもって、「元の理」の正当性を主張しようとするも
のではない。

 しかし、20世紀の人類の先端科学技術による新しい発見と知恵は、「元の理」の説く真実の世界に確実に接近しているように思われる。ミクロの領域に籠もる、DNAの整然とした二本のベルトの並びを、拡大して目の前に突きつけられると、それはとても偶然の産物とは考えられない。「元の理」を知るものであれば、夫婦のひながたとなった「ぎ」と「み」を即座に連想するであろうし、無数の「どじょう」は、地下、地上、海水、大気圏での生き物を支える微生物を連想させる。

 ふつう一人の人間に共生する微生物は、1.5キログラムといわれるが、微生物を一枚の10円銅貨の厚さに見立てると、その積み上げた高さは2兆光年の長さとなり、宇宙からはみ出てしまう。「元の理」の「たくさん」ということばで示される無数とは、究極のところこういうことなのである。

 さらに「元の理」においては、この世の始まりは泥の海であったとある。泥海を混沌(カオス)と解せば、そのカオスから、虫鳥畜類に、そして人間へと、自然を取り持つ秩序(コスモス)が、親神の守護のもとに順序を通して現れる。この宇宙も混沌と秩序のバランスと進化の上に成り立っている。

 マクロの宇宙もミクロの人間の脳も同じである。松下正明東京大学医学部教授によれば、人間というのは、脳のなかにある混沌の世界なしには存在し得ないという。喜怒哀楽の感情、おそれや怒りなどの情動、敵に対する防御反応や呼吸・循環・消化・血圧などの自律神経機能、さらには摂食、体温維持、性行動などに加えて、これらの機能が果たされるために必要な記憶などは、内臓脳と呼ばれる大脳辺縁系の混沌が取り持つ、種族保存のための必須のはたらきであるとされる。

 人間の心、つまり、知性、判断、言語、認知などの機能は、コスモスとしての脳の新皮質の役割であるが、それに対して、中間・原始・古皮質を形成するのが大脳辺縁系である。つまり、知識(コスモス)の前提である、生命を維持する機能は、混沌(カオス)をなす大脳辺縁系によって支えられている。神のからだとしての人間の身体・かしものが、DNAのコスモスと脳のカオスに支えられている事実は、驚嘆にあたいするが、神から与えられた人間の心が、カオスを元にして知識を積み重ね、知恵を創りあげ、調和あるコスモスの世界に至るということは、これまた、一人ひとりが因縁というカオスを元にして成人することに似て、ここにおいても、人間の心の進化と生命・地球の共進化は、その原型において相照応していることに気づくのである。そこには驚くべき共時性が見られる。

2000年12月
「漢字御廃止之議」とおふでさき
 歴史的に日本語は、中国から漢字を取り入れることによって、かきことばを獲得した。しかし、日本語の歴史は漢字からの独立の歴史であった。それは日本語独特の音節文字である仮名文字の開発にはじまっている。
 江戸中期の儒学者であり、政治家でもあった新井白石(1657-1725)などは、西洋人にはなしをきいたら「その字母わずか33字」であって、これが「天下の音として、うつすべからずというもの」がないと感嘆している。
 江戸中期の国学者・賀茂真淵(1697-1769)も、同じように「天竺では、50字もて5千余巻の仏の書を書伝え」といい、わずか25字でなり立っているオランダ語にも注目して、漢字を中心にした日本語の表記法の複雑さにおおきな疑問をなげかけている。
 さらに下って、慶応2年の12月には、日本に郵便制度を導入したことで知られる前島密が、「仮名を一国の国字とし、文法を定むべし」と徳川慶喜将軍に「漢字御廃止之議」を提出している。その実践例として「まいにちひらかなしんぶん」のような全文ひらがなで書かれた新聞もあらわれたらしい。
 つづいて明治6年には、哲学者・西周(1829-97)が「洋字を以て国語を書するの論」をかき、最初のローマ字論者といわれた。また福沢諭吉は同じ年に「文字之教」のなかで、漢字全廃論をとなえ、明治12年には「羅馬字会」が発足している。
 その後、井上馨、西園寺公望、大隈重信、鶴見祐輔など、そうそうたる人たちによって「日本語を世界語と為す運動」を通して、ひらがな・ローマ字運動に政治色がいりこんで、日本語論があらたにおこった。一方、森有礼などは日本語を英語に、戦後志賀直哉は日本語をフランス語にせよと主張したり、日本語をめぐっての議論は、日本が歴史的な危機をむかえるにあたって、くりかえされてきた。このあたりの消息については、加藤秀俊の「日本語の敗北」(『中央公論』平成12年4月号)にくわしい。
 こういった歴史のながれをふまえて、日本がIT(情報技術)時代を生きぬくためには、日本語の将来はどうあるべきかという文明論からみた主張と提言を、日本ローマ字会の会長である梅棹忠夫先生にお聞きしたのを本誌に特別掲載した。しかし、筆者がここで注目したいのは、天理教祖がつとめの第一節を教えられたのは、前島の「漢字御廃止之議」の数ヶ月まえであるということと、仮名でかかれたおふでさきが明治2年にはじまっているという史実である。

 つまり、脱漢字という歴史的共時性が世上を鏡としてここにおいてもみられる。おふでさきが仮名文字でかかれているのは、単によみやすいというだけでなく、もっとその理由の根本は言語的なところにあるように思われる。
 やまとことばのもつ意味は、しばしば重層的である。翻訳者はその訳語の選択になやまされる。たとえば、「やさしい」というやまとことばは、漢字や英語にすると、すくなくとも「優しい」「kind」と、「易しい」「easy」の2つの意味をもっている。それは易しく表現することは、筆者の読者にたいする優しさにほかならず、両語のもつ意味はその底辺においてつながっていて、矛盾してはいない。やまとことばは、それを一つのことばであらわすということばのひろがりをもっている。従って、音声にもとづくやまとことばの表現は、必然的に脱漢字的にならざるを得ない。
 やまとことばは論理より詩的表現に向いた言語であり、宗教的真実は本質的に論理より、詩的感性を通して伝わりやすい。だからといって、おふでさきに論理性がないということではない。全体を通して構造的に確たる原理原則の上にたっている。つまり、おふでさきは一首一首個別的には詩的であり、総体的には論理的であるという二つ一つの調和の上になりたっているのである。もちろん漢文も英文も、さまざまな言語独自の詩的表現のかたちをもつが、それは所詮かたちであって、ことばそれ自身ではない。
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by inoueakio | 2001-01-01 00:00 | 巻頭言集