カテゴリ:巻頭言集( 30 )
2009巻頭言集7月~12月号
2009年7月
海外伝道における「律」と「心定め」

憲法を有する国家には、その国特有の歴史や伝統的宗教、そして国際政治的立場を決定する「律」というものがある。たとえば、徴兵制度、良心的兵役拒否、代理母、堕胎、死刑制度、同性愛結婚の是非などである。こういったグローバルな問題に対する意識は、海外だけでなく派遣主体国家自身における布教師にとっても最重要点となる。信仰における神の「理」をとおすとは、「理」を知ることをふまえて、「理」が分かることが前提となる。「理」をとおすとは、教説をことば通り単純に反復主張するのではない。とくに海外においては、その国において責任をもって布教する一人の異文化伝道者が、本国では体験できない異文化の「思案」のフィルターをとおして解釈し、あるときは異文化の価値観や自国の「律」を否定し、相互矛盾を超えていく責任を伴う勇気が求められる。文化適応や説教や祈願だけでは真の救済伝道にならないからである。
救済儀式を否定する国家の「律」があっても「心定め」が第一であると教えられた天理教教祖年祭の元一日となる神人問答の意味は、教祖の命がかかった決定的瞬間における教史の単なる反復解説に終わるものではない。それは、いつでも、どこにおいても、最も真剣に己の命を代償にして問われ、実践されるべき課題であることを認識しておかねばならない。とくに現代の宗教者にはこの点が問われている。しかし、日本の宗教者はなべてあれかこれかの二者択一を突き詰められる問題からは逃避しがちである。
現代における組織の縦系列にある海外伝道者の心理と苦しみのレベルは、単純な「知識」のレベルに短期的に居座って異文化圏において研究・発言している文化人類学者や護教的宗教学者とはその中身が異なる。しかし布教師が悩まされるのは、じつは語学以前の問題点にある。そこには現地伝道者の気持ちが、なかなかストレートに派遣国主体者に伝わらないという現実がある。他の日本の宗教もレベルの差こそあれ、類似的問題をかかえているが故に、文化・政治的に複雑な問題については、明確な回答を避ける傾向にある。海外伝道者の派遣主体はおおむね異文化体験者ではないから、日本的な形式や制度が絶対であり、それを変更・改変しては、教理の普遍性が通用しないという思い込みが未だにあるようだ。世界宗教者平和会議などが虚しいのは、このような隠された背景が原因となっているのかもしれない。
天理教を例にとれば、英語版の手振りと調和可能な「みかぐらうた」試案は、日系二、三世信者たちの長年の努力によってほぼ完成している。ならばなぜ、派遣主体責任者がそれを採択する方向に積極的に進めない原因はどこにあるのだろうか。試案が不十分であるからという言い訳は、完成にかぎりなく近づける「心定め」と努力によって解消する。原因の根本は、非日系人対象の布教意欲昂揚にむけた積極的な戦略や苦しみの体験を本国の指導者が共有していないからであろう。「世界化」に向かう正しい総合的理解力なしには、異文化布教現場における問題点に感情移入はできない。また、教えの「地域化」もありえない。
だからといって現地の意見を差しおいて一足飛びに「てをどり」の動作に対応する「みかぐらうた」の翻訳権威本をつくり、それを派遣主体が現地に採択を押し付けることは拙速にすぎる。神言の「理」をはき違えてはならない。まず海外の諸地域において、それぞれの海外布教師が現地の受容者と協力して試作本をつくり、それを持ち寄って統一見解に至ることがのぞましい。じじつ韓国においては、それがほぼ実現して成功している。原典の外国語翻訳や儀式の諸形態についても同様の原則が当てはめられるべきであろう。一世紀の伝道体験を経ても、天理教海外信者のほとんどが日系人で占められている原因は、いまだに明治20年の「おさしづ」のキーワードである「律」の意味を「グローカル」に解釈しようとする意志とパラダイムに目覚めていないからだろうと思われる。


2009年8月
マイケル・ジャクソンの「顔」と「元の理」

「ポップの帝王」と称された米国の歌手マイケル・ジャクソンが6月25日に50歳で急死した。各紙が一斉にトップ記事で報じ、ファンが病院に殺到したという。ダンサーに囲まれて踊りながら歌うスタイルは彼があみだしたもので、今の日本の音楽シーンもマイケルの影響なしには語れない。彼が急逝して今日で10日目だが、米国は依然として追悼ムードに包まれ、日本のメディアの報道も「マイケル現象」に加熱気味だ。「スリラー」1億枚を売り上げたポップの帝王の生涯は、整形・醜聞・借金まみれの一生でもあったという報道には別に驚かないが、マイケルといえばすぐ思い出すのは、ポップのリズムではなく、華麗な「ムーンウォーク」のあの天才的な動作を見せた瞬間の映像だけである。「ムーンウォーク」といわれる見たこともなかった独特の動きは、思い出すと今でも瞬時に月面の世界とつながり、背景の音楽は完全に記憶から消えている。あの動作が音楽を消し去ってしまったかのようだ。動作を音楽に合わせているのではなく、逆に音楽が動作に引きずられているような印象をもった。
考えてみれば月面は無音の世界である。アポロ12号で月面着地したピート・コンラッドや、地球に帰還したのち画家になったアラン・ビーンからも、その月面の持つ静寂さについては聞いていた。太平洋に着地し、カプセルから這い出て、救命ボートに乗り移るときに聞こえてきたさざなみの音に一番感動したと述べたビーンの言葉をいま思い出している。過去に数多く出会った世界の宇宙飛行士たちとマイケルのイメージが「ムーンウォーク」をとおして瞬時に重なるのは不思議だ。世界はあたかも彼が宇宙人であったかのような騒ぎをかもし出している。「不世出の天才」といわれているのは、絶え間ない努力に裏打ちされているからだろう。死ぬ数日前に、看護師にからだの片方は熱くてたまらず、片方は冷たくて、全身が縦に二極化されたような感じで我慢できないという意味の電話がかかってきたらしい。
身体を生かしている水と火、水気と温みの機能が極端に二分化するということは何を意味しているのだろうか。
筆者が関心を持つのは、マイケルの死因とか、音楽、奇行、遺産、遺書とかいった類のものではない。彼が白人に限りなく変身しようとするその行為の理由と、最後に見せた妖怪のように変形したあの「顔」である。その最後の「顔」はひと目で、目をそむけたくなる奇怪感と嫌悪感をもよおす。これが人種や性別、年齢の壁をこえるユートピアを作り上げようと努力してきた彼の夢の結末であったかと思うと、その突然の死の[顔]は、人生の収支計算以上の悲惨の極限を感じさせる。
作家トニ・モリスンの近著『慈悲』に、黒人が白人の奴隷商人をはじめて見たときの印象を語った場面がある。白人の肌があまりに白かったために、アフリカの女性が彼を「病気か死んでいるのかと思った」というのだ。マイケルも自己を純真さと愛らしさの象徴へと改造しようとしていた。「だが、そうした策略には行き過ぎがつきものだ。彼の顔はどんどん死人に近づいていった」とデービッド・ゲーツは『NEWSWEEK』(09.7.8)の追悼特集で語っている。
人間の「顔」は、こころを現す生命を代表する複合機関である。解剖学では「顔」を内臓頭蓋とよぶ。天理教の人間創造説話「元の理」において、「人間の顔」はまず神によって眺められ、その心を神は見澄まされたのである。親なる神は、その子供である人間の「顔」を見下ろし命令したのではなく、「面」と向って映し鏡のようにその「顔」と対面し、その「心」を見澄ました後、人間世界を創めることについて「神のそふだんしまりついたり」(ふVI-39)と教えられる。集団を代表する「顔」に対して、しない者の「顔」は「つら」とか「おもて」ともいわれる。表情のない「面」は、「面」と向うことのない上下関係であり、対面する「顔」に見られるような同等な関係を示していない。マイケルの変貌した「顔」は、その内面と矛盾したがゆえに破局をもたらした神への反逆であったのかもしれない。
現代の寵児マイケルの突然死は、宗教者に対して一体何を暗示しているのであろうか。


2009年9月
「宇宙教育」と「亀」の「つなぎ」

史上初の人工衛星は1957年に打ち上げられたソ連のスプートニク1号である。その宇宙からの発信音には、当時留学していたハワイ大学のキャンパスで仲間と共に聞き耳をたてた。アポロ9号のラッセル・シュワイカートは天理に3度も足を運んでいるが、彼は同じスプートニクの発信音をカリフォルニア大学バークレイ校の学生食堂で聞いていて、宇宙飛行士になる決心をしたと筆者に語ったことがある。その翌年、ソ連に遅れをとった米国はNASAを設立した。1959年には、ソ連はルナ2号を初めて月に到達させた。今年はその50年目の年にあたる。
最初に生物を月に送ったのはやはりソ連で、それはバイコヌールで採集した4匹の亀であった。ソ連の宇宙飛行士オレグ・マカロフから聞いた。一方『Diary of a Cosmonaut 211 Days in Space』 の著者であるヴァレンティン・レベデフは、インド洋に無事生きて帰還した4匹の亀を、カプセルから取り上げモスクワに持ち帰ったという。その後レベデフは高血圧症状を強靭な意志でのりこえ、ソ連の宇宙飛行士(コズモノート)となる。彼が宇宙滞在をサリュートー7号で211日間滞在したときの日記の抄訳は、拙著『こころの進化─「宇宙意識」への目覚め』(フォレスト出版、1997)で紹介している。
最初に「亀」が月を周遊した地球の生物であったことは、天理人間世界創造説話「元の理」において「亀」が女性や「つなぎ」の機能を象徴することを思うと、宇宙と人間の関係性を考えるに際しても、想像力ははてしなく異界へと広がって行く。
一方、若田光一宇宙飛行士が初めて国際宇宙ステーションからソユーズ宇宙船に搭乗したことを日本のメディアがいっせいに報道している。微重力船内での諸活動についても映像で珍しく取り上げられているが、宇宙飛行の歴史から見れば、これらはすべて宇宙教育としては一昔まえのレベルと同じ取り上げられ方だ。そもそも日本には「宇宙教育」というシステムが稼動していないのではないか。宇宙教育・スペースエデュケーションといえば、NASAが飛びぬけて充実している。
宇宙空間の商業的利用に反対するわけではない。しかし、これからの宇宙開発も、その進歩を促した同じ先端科学技術が惑星・地球環境の破壊をもたらしたように、宇宙環境破壊をもたらすかも知れない。宇宙開発によるロケットや衛星、そして宇宙船の破片はすでに膨大な宇宙ゴミとなって、いまこの惑星・地球を取り巻いている。こういった開発の陰の面に注意を向けさせるのは、科学そのものではなく、宇宙と人間、自然と生命の密接な関わりを認識する鋭い感性である。その感性は、正しい自然科学教育と人文・社会的教育のバランスによって育まれる。ここに真の宇宙教育の意義がある。
人間は心をもった存在であるから、必ずしも宇宙産業の拡大発展は、国民生活の内的・精神的成長に寄与するとは限らない。巨大な経費のかかる宇宙開発を否定するものではない。逆に、宇宙そのものが潜在的にもつ人類への教育的価値に注目して、1990年人文・社会系と自然科学系の学問に携わる学者・知識人の協力を得て、筆者が世話人となって日本国際宇宙文化会議が発足した。延べ数十人の宇宙飛行士を我が国に招聘して、各地でさまざまな国際シンポジウムや講演会、写真展などを開き、啓蒙に努めてきた。また、一昨年北京で開催された国際宇宙大学夏季講座に講師として参加し、宇宙教育に関する情報交換をおこなったが、関心は内面的宇宙の方向に逆転し、外的宇宙活動にたいする興味は薄れてしまった。
我が天理大学は2010年度の再改革に当たって、育成する人材像に「ローカル」に行動し、「グローバル」に考える「グローカル」な人材養成を掲げている。しかし、いまや価値観は逆転し、混沌化する世界は真に「ローカル」(内的・地元的)に考え「グローバル」(外的・世界的)に挑戦・行動する勇気ある人材を求める、新たな「亀」(つなぎ)の時代に突入しているのではないか。そのためには宗教私学として「宇宙教育」を取り入れることはその独自性を発信することになる。宇宙は神の「からだ」と教えられるからである。


2009年10月
政権交代と地方自治選

8月30日の第45回総選挙は、民主党が単独過半数を獲得、新政権が発足することとなった。日本の民主主義の前進が、衝撃的な数字で示されたのである。この総選挙は明治憲法が発布された1889年から数えて120年、日本憲政史上、初めての大事件といわれる。自民党は公示前勢力の3分の1余りに激減する衝撃的な惨敗。1955年の結党以来続いた自民党「第一党」体制は、圧倒的な数字で終止符を打った。全国の投票率も平均69.28%で、現行制度では過去最高。奈良県も過去最高の71.4%を示した。しかし、53,427名の有権者をもつわが天理市の投票率は68.04%で、県内市町村別投票率では最低の数字を示している。政治や行政に関心が低い宗教都市と評価されても仕方がない。
奈良県といえば、県内市町村の平均経常収支比率が07年度決算で98.6%で、2年連続全国ワースト1になったと発表され、赤字市町村数も7市町で3年連続で全国最悪。同規模の自治体に比べて職員数が多いことや、バブル期以降に景気対策で立ち上げた公共事業の借金返済などで、財政状況は前年度より悪化しているといわれる(『毎日新聞』2009年4月10日)。天理市はその象徴的存在で、たとえば13万坪もある福住テクノ開発予定地の頓挫で、あらたな解決策やヴィジョンを長期間提示し得ないまま、毎年2億円の借財を市民税や寄付金などで支払い続けている有様である。財政状況を立て直すためには、他府県や市町村が懸命に改革しようとする政策モデルに見習って、しかるべき役職の退職金の廃止や、入札システムの徹底した改革、そして補助金などの支出実態の説明責任を市民に果たし、見直しを速やかに実施すべきであろう。
上記懸案に関して、衆院戦の圧勝で新政権に動き出す民主党の「現在計画中または建築中のダムはすべて凍結し、地域自治体住民とともに必要性を再検討するなど、治水政策の転換を図る」とするマニフェスト(政権公約)に対して、選挙の翌日早くも国土交通省が、9月に実施予定だった八ツ場ダム(群馬県)に関する、本体工事の施工業者を決める入札を凍結する方針を固めたという変化に注目したい。この動きを受けて、ダム以外の公共事業においても同様の動きが地域行政に広がる可能性がでてきたからである。その翌日の9月1日(『毎日新聞』)には、列島各地で建設・計画中のダム事業が大きな岐路に立つこととなったという激震情報が、関連する府県知事、反対地元議員、そしてNGOなどに一挙に広がった。「ダムは地域住民の民意を反映していない。どれほどのメリットがあるのか」との思いが強い。環境問題や治水効果、経済効果に疑問をもつ人たちに、ようやく転機が訪れ、新政権に大きな期待を寄せ始めたのである。
筆者はかつて日本海におけるナホトカ号の重油事故環境汚染修復事業に際して、米国の環境庁サンフランシスコ支部に重油のサンプルを届け、福井県三国町の現場でバイオレメディエーションという微生物による汚染サイトの修復技術を活用しようとした。またエクソンバルディーズ号事故に関わった専門家を米国より招請・紹介し、国際シンポジウムを企画・開催したり、米国各地の汚染地修復実験場を視察した。現在東アフリカで行っている持続可能な貧困緩和自立支援事業についても、バイオの活用を採用している。つまり、エコロジーに関する環境問題については人一倍に関心がある。
そのような次第で、たまたま友人から一昨日、化学物質による汚染問題に取り組んできた「奈良ごみの会」代表の別処珠樹『ごみクライシス』(技術と人間、1999年)を薦められ一読して驚愕した。大和高原の幹線・国道369号線につながる「柳生街道」は、すでに「産廃街道」であるという実態が赤裸々に検証されている。「柳生街道」は福住町や「山辺の道」とは無縁ではない。ローカルの視点が欠落していたと深く反省した次第である。
国選の激風を受けて、10月の天理市長選・立候補者の「マニフェスト」に注目し、賢明な選択を行い、財政全国最悪県における最悪市の汚名返上にむけて、一市民として天理市行政改革の実施に注視・協力したいと考えている。激動の再出発はなるか。

2009年11月
スピリチュアリティと宗教間対話批判

神秘主義者イヴリン・アンダーヒル(1875~1941)は、フリードリヒ・フォン・ヒューゲル(1852~1925)から強い影響を受けて、真の宗教生活は、「組織」、「知性」、そして「神秘性」の3要素から成っているとした。彼女がその著書の中で一貫して強調している点は、「霊性にある生活とは現実の社会と具体的な関わりを持つ生きかたのことだ」というごく当たり前の結論にある。彼女は、その主著『礼拝』(1936)の中では、個人中心的神秘主義に反発し、他のさまざまな信仰に基づいた「共同体」の重要性について書いている。
それはマルクス主義的分析を援用して、人間を取り巻く不義や葛藤の諸問題を明確にし、社会・経済の革命を目指す「解放の神学」の現場における「基礎共同体」のカンペシーノと呼ばれる貧しい小作農の集まりや、フランスの片田舎にあるテゼ共同体「和解の教会堂」を想起させる。テゼ共同体は第2次世界大戦中に創設され、共同体のメンバーは主としてカトリックとプロテスタントの双方から成っていたが、礼拝にはソ連の正教会のイコンも置かれ、正教会でない人たちもその伝統にしたがった礼拝をしているという。修道士たちは、世界各地にある貧困地域のスラムに住み込んでいて、ヨーロッパで開かれる集会には十万人もの若者が各地から押し掛けているといわれる。
筆者が注目するのはテゼ共同体にやってくる修道士たちが、所属する教派の僧院や教会に閉じこもっているのではなく、スラム街に貧者とともに生活しているという信仰の原点、つまり日常性に回帰しているという事実にある。本来、真の宗教的霊性やエコロジー的感性は日常性のなかに姿を現すのであろう。テレビ番組「オーラの泉」のお遊びや、心理療法士の癒しとは異質の世界にある。
テゼ宗教共同体やカンペシーノの「基礎共同体」における宗教指導者には、「日常性」と「霊性」における、異宗教間での信仰の和解の実践が見られる。それは、最近我が国における宗教指導者のヴァチカン詣で、そして国際宗教者平和会議や宗教間対話に散見される非日常的儀式などとは極めて対照的である。霊性やエコロジーに関する意識と、そこから導き出される行為が信仰的に日常化されていなければどのようになるか。単なる異宗教間の祈りの交換や、世界宗教指導者間対話から抽出される他者との共存などというもっともなスローガンに見られる文言は、平和宣言文の蛸壺に収まるだけの話である。
大切なのは他者との共存を阻害する要因を鋭く指摘し、心性還元論に陥ることなく、相互批判と自己批判に耐え得る新たな思考と行為への覚悟がなければ、世界平和を語る資格はないと認識することである。それなくして宗教は、現実世界における貧困格差の是正やテロなどによる紛争の防止、そしてその背景にある国際的な政治・経済的構造の改革を前進させる力には到底なり得ない。筆者は近著『天理教の世界化と地域化』の「文化変容と海外伝道」という章で、宗教間対話の実態に対してその自己矛盾的ありかたに痛烈な批判を行っているので、ここでは繰り返さない。
実践が欠落した保守的宗教家の教説は、その組織に所属する目覚めた信者を教会や寺社から遠ざける。つまり、皮肉にもと言おうか宗教家や宗教学者の非実践的・死学的状況が、現代における浅薄なスピリチュアリティ勃興の原因であるかのようだ。それが、貧困者・被災者などへの日常的祈りや救済活動とは直結しないエゴイスティックな霊性の浅薄さや自教会中心主義、そしてエコロジー理論の虚しさを生んでいると推測されるからである。
天災人為にかかわらず、環境破壊は人間破壊に直結する。その逆も真なりである。現代の宗教家に求められるのは、抽象的な祈りの類ではない。そのあるべき祈りは、まずその宗教家が居住する足元における地域社会の政治・経済的構造を背景にした住民の日常的実態を「グローカル」に感触し、正しく知ることから始まる。

2009年12月
新エネルギーの誕生と地方行政

鳩山由紀夫首相が、国連演説で温暖化ガスの大幅削減を提示し、グローバルな話題を提供している。潘基文国連事務総長は「今こそ行動の時だ。歴史はこれ以上の好機を与えてくれないだろう」と、先進国や途上国に取り組みの推進を力強く呼びかけた。しかし、国内では2020年に1990年比「25%」という削減目標は、高すぎるハードルだとして連合会長や電力総連会からも批判を浴びている。目標値を達成するためには、住宅の断熱化など各家庭でほとんど強制に近い対策が必要になる。国際的協調に異論はないが、自国の国益を後回しにすることとは全く別物という意味の批判である。削減には努力はするが、日本の省エネ技術を生かし、途上国での排出量削減にまず貢献すべきだというわけだ。
しかし、困難な目標への挑戦は、人間と自然・エネルギーの関わりを大きく変える。長い間、近代化を支えてきた化石燃料の世紀が終焉し、太陽光、風力、バイオマスなど再生可能な新エネルギーの世紀が到来した。石炭や石油、そしていつまでも原子力に依存する産業は衰退するだろう。人類はその生存を賭け、新エネルギーの世紀に向けて産業構造の転換を迫られている。悲観することはない、チェンジは常にチャンスでもある。「鳩山イニシアチブ」構想のスピーチライターとも言われる福山哲郎・外務副大臣は「(温暖化ガスを)多く排出する企業に配慮しないとは言わないが、削減によって起こる産業構造の転換、新産業の創造は、自社のビジネスチャンスになり得る。大胆な切り替えができるのが、政権交代ということだ」と説明し、温暖化ガスの削減を、単なる環境対策やエネルギー政策にとどめるつもりはないと応える(『日経ビジネス』09/10/5)。
政権交代後、八ツ場ダム工事中止やハブ空港問題に象徴される国政と地方行政の拮抗・連携のあり方が重要な時局問題として浮上している。これらの問題は、地球温暖化対策における国家と国際政治、ローカルとグローバルの関係が切り離された問題ではないということを意味している。つまり、両極は呼応したグローカルな関係にある。具体的にいえば地球温暖化ガス削減の危機的問題をとおして、ローカルにも新産業創造ヴィジョンや、新たな思想・文化再生の構想力、そしてその実践的覚悟が市民に求められているということであろう。このような次第で、平均経常収支比率が3年連続ワースト1である奈良県の汚名返上が、県政や市町村の保守的市政と財政構造に対する具体的な転換への挑戦をとおして実行に移されることが期待される。がまず求められる。市民の命・くらしが一番などといった代わり映えのしない表向きは無難な安心・安全マニフェストを掲げていても、新しい世紀が要請する危機的問題にはとても実質的に対応できず、次世代からしっぺ返しを受けることにもなりかねない。市民の暮らしを預かる政治家は目的と結果を取り違えてもらっては困る。
宗教都市といわれる天理市では、10月の選挙において現市長が3選を果たした。投票率は55%。去る国選においても、天理市は奈良県の市町村で最低の投票率を記録した。天理市民が如何に政治に無関心であるかの証しである。市はまず財政節約を唱えるなら、限界集落・農業再生と、横浜市庁などが敏速に対応したようにLED照明採用やバイオマス活用のレベルから実践したらどうか。LEDは従来の照明機器に比べ、50%、白球電球と比べると、90%以上消費電力を削減する。有害な紫外線が殆でなく、虫が寄り付かない。日本の仏閣や宗教組織もつぎつぎと環境にも合理的なLEDに急速に転換・対応し始めている。
 微生物や樹木の残骸である石油や化石燃料は、環境負荷がおおい上に埋蔵量に限界が見えている。風力は先進国デンマークが指摘し始めたように、低周波音が身体に悪影響を及ぼす。ソーラーは日照時と気候的な限界から我が国には非効率的である。管理に危険を常にはらむ原子力に依存しない、新エネルギー先端科学技術の誕生とその産業化が期待される所以である。
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by inoueakio | 2009-07-01 17:11 | 巻頭言集
2009巻頭言1月~6月号
2009年1月
「元の理」へのグローバル・テロリズム

人間の創造・救済説話である天理教の「元の理」について、密教学を専門とする現高野山真言宗管長・全日本仏教会会長松長有慶は、「『元の理』と密教」という講演のなかで、仏教の曼荼羅の世界観を解説し、「元の理」との比較をとおして「『元の理』は日本的な曼荼羅といっていいのではないかと私は考えます」とまとめている(『「元の理」の象徴学』—講座「元の理」世界2)。ここでいう日本的な曼荼羅とは、いうまでもなく天理教を、神道や日本の土俗信仰とは別個の有神論的世界宗教と位置付けたうえでの発言である。
また、「元の理」解読において独自の思想を開拓した元日本社会学会会長・故蔵内数太大阪大学名誉教授は、従来荒唐無稽なおとぎ話のようにアカデミズムから見られてきた「元の理」は、実は世界の大きな思想の流れと結びついていて、どうしても世界思想を一方に考えることなしには味わうことはできないと述べている。
一方、吉本隆明は、民族社会学から論じた「新興宗教について」のなかで「天理神の創造説話は人間創造神話だが、天皇制のは国土創造神話である」と明確に区分し、「元の理」全文を引用して、「教祖中山みきには、かなり高度で深刻な生活思想があり、その発言(おふでさき)には普遍的な思想体験としての一般的な真理が、かなり高度に存在している」と述べ、教理が教祖の常人ではとても及ばない徹底した自己放棄と生活放棄に実践的に裏付けられているため、天理教は「教祖の体験を血肉化した思想」をもつ宗教であると見抜いている。戦後皇国史観が後退して、1970年代ころから明らかに我が国の知識人の間で天理教を見る目に逆転の様相があらわれてきたのである。その最近の状況については拙著『中山みき「元の理」を読み解く』(日本地域社会研究所、2007)のあとがきにふれておいた。
ところが、戦後復元が叫ばれてからすでに半世紀を超えた天理教内における「元の理」解釈の深化は、教外学者の学際的解釈展開とくらべて、一、二の研究には注目すべき萌芽がみられるとしても、全体として「元の理」を世界思想としてとらえ、現代世界が直面する人類の危機的なさまざまな問題に、その世界思想の力を梃子として切り込んで行こうとする活学的意欲が、組織的にも個人的にも見られないのはまことに残念である。
たとえば、「元の理」は人間が宿し込まれたのち陸上の生活をするまでに、「九億九万年は水中の住居、六千年は智慧の仕込み、三千九百九十九年は文字の仕込みと仰せられる」で終わっている。つまり、「文字の仕込み」が人類創造の目的である陽気ぐらし共同体実現の最終手段として位置付けられている。しかし、5,000以上の言語のうち過去500年間で地球上の言語の半分は消滅し、現代のグローバリゼーションの負の影響は、神によって仕込まれた人類の多様な言語と豊穣な文化を急速な勢いで消滅させている。英語は今地球語と化し、英語が母国語でない国々までも、英語を憲法で公用語と定めている国は多い。こういった国々では英語がしゃべれるかどうかで差別も生まれる。幼児教育から英語で行われるから、3世代間の対話はますます困難になりつつある。言語とともに伝統文化も価値観も消え去っていく。たとえば、米国のカリフォルニアで話されるネイティブ・アメリカンの45言語は、今後40数年間ですべてなくなるといわれている。アフリカ大陸の諸民族にもその現象が顕著である。「言語の死」によって人類の文化の多様性が画一化されたときの世界は、決して神が望まれた「陽気ぐらし」の世界ではない。諸言語の消滅をもたらすものは「元の理」の「文字の仕込み」に対する文化テロリズムであるというのが筆者の主張である。この「元の理」思想へのテロ現象は静かに且つ着実にいま増殖していて、グローバル化に対抗する過激なタリバーンテロの両面鏡であると私は考えている。「世界は鏡」の裏を見ることを忘れてはならない。

2009年2月
「話す舌」から「味わう舌」へ

古代ギリシャの哲学者であるエンペドクレスは、「海は地球の汗」であると見なした。
海や汗が塩分を含んでいるのは偶然ではなく、海水の塩分は人間の汗や排せつ物が塩分を含んでいるのと同じように、地球の排泄物だと説明している。それに対してアリストテレスは、海水の塩分は「地球の残余物」、より正確には「乾燥した蒸発物の混合」であると述べ、エンペドクレスが海水は「地球の汗」というのは単なる詩的表現であり、汗が塩分を含んでいる事実を明確に説明し得ないとする。
ここで、この世の元初りは「泥の海」であったで始まる「元の理」の人間・世界創造論を重ね合わせてみるとどのような風景が見えてくるか。親なる神の呼称である月日は、地上では水と火の守護を象徴し、天上では宇宙を神体とする神の両眼に見立てられる。元初りの「泥の海」は、アリストテレス流にいえば、神自身の排泄物の混合体として、この神の両眼である日月によってまず見渡されたという見方が成り立つ。親なる神は、その残余物である泥海中を見渡し、たとえばシャチ、カメ、カレイ、ウナギといった海洋生物を「食して」その特性を「味わい」、それらを骨格、皮筋、呼吸、消化といった人間の身体を構成する諸器官の道具として定められた。したがって、人間の身体は神によって食された結果の産物であるから、その働きには神の身体としてのエートスが籠められているということになる。かしもの・かりものの教説は、人間は神によって「食された」存在であるというこの点に発している。食するものによって食されるものは咀嚼され、栄養分は血肉となり不要なものは泥海中に排泄される。したがって、その不要とされる排泄物に塩分が混じっているのは帰納的に当然と言わねばならない。つまり排泄物がリサイクルされて微生物の栄養となり、生命連鎖や進化の要を担っているということは、不要と思われるものが生命存続にとって欠かせないという事実を指示しているだけでなく、文化は残余物から発生するという理論の正当性をも物語っている。
食するものは食されるものを「舌」で味わう。しかし「舌」は味覚だけではなく、発話、つまり言語という第二の役割をもっている。英語でも器官としての舌はtongueというが、mother tongueとは母国語を意味する。tongueは舌であると同時に言語でもある。「元の理」においては、その心味わいを試食された道具衆は、神によって自然世界の変化と共時的に統合・成長を促され、最後に「知恵」と「文字の仕込み」を受けることによって神の人間創造が完成する。「話す舌」は文字の仕込みによって進化するのである。かくて人間の舌は、知恵の仕込みによって言語という「元の理」後期の役割を担うこととなった。
人間の歴史には、この「味わう舌」と「話す舌」という二つのせめぎ合いがあったと思われる。人類はある認識のかたちを手に入れるために「話す舌」の方を特化しすぎ、いまや「話す舌」はデジタル化して、グローバリゼーションを推し進める悪魔と変化し、拝金主義をはびこらせ、「元の理」における「味わう舌」の原初的な感覚は隠されてしまったかのようである。文化人類学者である今福龍太は、この「話す舌」と「味わう舌」について、「話す舌」、つまり「『言語』の創造によってある種の無感覚のようなものが、われわれの認識を覆っていったのではないか」と疑問を呈している。そして「話す舌」によって抑え込まれたこの「味わう舌」を目覚めさせることこそがいま求められていると述べ、両者の共通性と対抗関係の関連性を分析しながら、「味わう舌」の救済について明快な理論を展開している(『円相の芸術工学』工作舎)。
「食べてその心味わいを試す」という「元の理」における神の人間創造の必要条件は、現代の合理化された人間組織共同体の「味気なさ」を克服する陽気ぐらしへの必須条件でもあろう。相手に向けられた「話す舌」から、自己の内面世界に向けられた「味わう舌」への復権が、こころの時代には求められる。

2009年3月
天理「鏡」に映るオバマ米大統領就任演説

とにかくその内容に驚かされた。正月20日の深夜(日本時間)、オバマ大統領は就任演説で、天理教教理に類似した比喩や共通するキーワードを頻発していたからである。
オバマ氏は、「あらそい」や「むほん」、そして財政危機を招いた一部の者の「強欲」と「無責任」などを「ほこり」に譬えて「ほこりをはらう」(dust ourselves off)ことから米国を「再生」する仕事を始めるという。「再生」とは演説の文脈からすると米国独立宣言精神への「復元」を意味している。そして、その文章に先立つさまざまな「道」の様態を詩的で気品のある言葉を媒体として「近道」(short-cuts)をまず否定している。「おふでさき」に啓示された「道」(path)に関する百数十首を順序よく並べてみると、演説の先にある米国の未来指標への「順序の道」が浮上して来るような感覚におそわれる。その指標へのキーワードは「自己犠牲」「無私」「責任」「共通の目的」などだ。
例をあげれば、「このさきハみちにたとへてはなしする どこの事ともさらにゆハんで」(1-46)「このはなしほかの事でわないほとに 神一ぢよでこれわが事」(1-50)といった「道」の要諦と「自己責任」に関するきわめて宗教的な隠喩は、オバマ氏の英語演説をテレビを見ながら聴いていると、教理の根幹に通底する思想となって直接肌に伝わって来たのである。「旅」という詩的表現も、ほとんど「道」と同義語で効果的に使われていた。文章は27歳の首席スピーチライターと2人で磨き上げたらしい。ここにも「ふでとりがくにん」が働いていたのかと驚いた。
演説が終わって興奮から解放され、ベッドに横になると「十分道と言えば、世界から付けに来る。世界からろくぢという道を付き来る」(明治21年陰暦正月27日)という教祖一年祭が警察により祭典中止を命じられた際の「おさしづ」のことばが聞こえて来たような衝撃を受けた。「世界」の決定的危機においては、「うち」と「そと」に関わらず「鏡」として共通する神のメッセージが発せられているのではないか。平和慣れしたわれわれ信仰者の感性がにぶく、その「神の手引き」を読み取れていないのではないかという反省がのこった。これでは世界宗教などという品格も資格もないというメッセージも追いかけてきたのである。オバマ氏は、将来平和への往還道(horizon)を見据えて、「(こころの)自由(freedom)という偉大な贈り物を次世代に引き継いだ、と語られるようにしよう」という強固な意思の力による次世代への継続、つまり「つきよみ」と「くにさづち」が象徴する神の働きへの加護(God’s grace)の祈願をもって演説を締めくくった。
筆者がハワイ大学留学中の1950年代、米国の准州であったハワイは正式の州に昇格した。それを祝賀する空軍のジェット戦闘機が、見事な編隊を組んで五色の人工雲をたなびかせながら常夏のホノルルの上空を何度も旋回していた鮮やかな光景を、厳寒の中で危機の時代を「苦難の冬」に譬え、同じハワイで少年時代を過ごしたというオバマ氏が、200万人もの聴衆を前にして行った歴史的演説を聞きながら思い出していた。
オバマ氏はまたイラクを撤退してアフガニスタンへの増兵を行い、テロ撲滅のために徹底抗戦するという意味のことを主張している。しかし、これだけはやめてほしい。彼が言うように米国が戦争中であるのならば、あくまでも話し合いの「道」を選ぶべきだ。タリバーンやアルカイダはもはや単なるゲリラではなく、今や宗教思想化している。後者は目に見えないが故に、攻撃は無益で逆に攻撃されるに比例して結束・拡散する。見えないものは物理的に破壊できないのである。
1月22日の『朝日新聞』の社説は、その冒頭で「新しい時代が始まった(中略)。就任の前と後では時代の精神が切り替わった。歴史の次の扉が開かれたという刷新の感覚を米国人も私たちも共有している」と解説している。「扉ひらいて」は、天理教にとっては教祖年祭のキーワードでもある。「開かれた扉」の向こうに見える地平線にたどり着くには、苦難の「道」を乗り越える個々人の「自己犠牲」の覚悟と決意、つまり真の「心定め」が求められる。

2009年4月
『中央公論』特集・「大学の絶望」を読んで

知のアンテナといわれる書店にならぶ書籍類の商品化は、最近の新聞記事の広告欄をみても顕著である。旅ものや、さまざまな新開発商品広告などにくらべて、発売たちまち何万部といった新刊広告がやたらにおおい。ルポ・貧困大陸アメリカといった「格差」もの、退屈力、悩む力といった「力」もの、国家だけではなく父親、母親の「品格」ものなど自称ベストセラーズコーナー類のものが目立つようになった。人間の「品格」などは、しゃにむに努力して出来上がるものではない。急がば回れである。ベストセラーズもノウハウ的な知識を売るものが多い。『論座』『現代』などとユニークな月刊誌の廃刊がつづくなかで、これら新書ものの発刊がひとつの活字世界の潮流をなしてきた。書店の目立たないところに並べられてはいるが、重厚かつ目の覚めるような論考や評論を掲載する定期刊行物の不況にもかかわらず、頑張っている月刊誌も少なくない。
そういったなかで『中央公論』の2009年2月号は「大学の絶望」、「世界は無極化するのか」、「生誕100年の作家たちを読み直す」という三つの特集を組んでいる。新聞広告を見た翌日、町の書店を逍遥したが、3店ともこの月刊誌だけは売り切れで、ようやく4軒目の書店で1冊だけ残っているのを見つけた。『中央公論』の読者はなぜ93%が男性読者であるかという解説記事をどこかで読んだことを思い出しながら、数人が立ち読みしたであろう少々くたびれていたその残り1冊の表紙をめくり、ついでに横に並ぶ見慣れた月刊誌の目次に目をとおした。同じような時局テーマを扱う過激なタイトルが並んでいる。
『中央公論』はその特集記事を挟んで、衰退の時代に日本人がもつべき「覚悟」(五木寛之)、橋下徹×猪瀬直樹—東京・大阪の連合軍が霞が関に「乱」を仕掛ける、名参謀・名軍師の条件、20世紀の落とし子たちの文学、21世紀型恐慌の衝撃等々と、識者による執筆、対談、鼎談をとおして、あたかも「幕の内弁当」のふたを開けたように理路整然と特集別のテーマが有機的につながるようにデザインされている。つまり、それぞれの主義主張や解説が白米、揚げ物、煮物、酢の物、果物、デザートなどに分割されていて、読者が好きなものから味わえるように配置されている。早坂隆の連載「知的な者ほどよく笑う」などはさっぱりとしたデザートといったところか。読者の読味感を載せてある「説苑」も爪楊枝の役割をはたしている。見事な編集力である。
特集はまず「下流化した学問は復活するのか」を問うている。竹内洋京都大学名誉教授と鷲田清一大阪大学総長の対談である。答えは新しい「多元化」した教養が「学問」を救うである。鷲田は教養とは「価値の遠近感を持つ」ことだという。学者、落語家、政治家、職人の価値観はみなそれぞれ物差しが違う。それぞれの世界にそれぞれの「教養」があるのに、現代はみな同じ物差しで測ろうとしている。大学といってもさまざまにあり「4年制大学」という一つのカテゴリーで括るのには無理があるというわけだ。
「大学教授に冬来る、か」というエッセイで鷲田小彌太札幌大学教授は、このまま定員割れが続くことにより、大学倒産の事態を招き、生活破綻に追い込まれたとき「給料が半分なら教授を辞めますか」と問うている。大学には潰れる恐れがあるから、改革・更新がある。この点では大学も企業となんら変わらない。そこで大学の更新にもいろいろあるが、「基本は教授力の更新である」と結んでいる。短期1年で4本、中期3年で著書1冊程度を書く計画ももたず、それを実際に実現しないで研究者と言えるのだろうかと強烈に批判している。ついでに氏の調査によると、アメリカの大学教授の給料は日本の半分であり、くわえて競争がきびしく、格差も大きい。ただし自由に研究できる長期休暇がある。金より時間を選択する人材が教授をめざすというケースが多いという。そこでわが天理大学や研究所のレベルは、どの辺に位置しているのかということを自問する次第となった。

2009年5月
「感動」と「憤慨」について思うこと

竜馬、松陰、隆盛など幕末の志士たちも愛読した人生の指南書といわれる佐藤一斎の『言志四録』のなかに「無能の知、無知の能」という一節がある。「無能の知は是れ瞑想にして、無知の能は是れ妄動なり。学者宜しく仮景を認めて、もって真景と為すことなかるべし」とある。つまり、実践の伴わない知識は妄想というものであり、知識の裏付けのない実践は妄動である。学問をする者は心眼をひらいて、仮の有様を本物と見なしてはならない、という意味であろう。陽明学風に言えば、無能の知も、無知の能も生きた学問、つまり「活学」ではなく、「死学」であるということになる。私は「感動」の欠落した学問は、それがたとえ念入りの調査研究や深遠な思索による哲学であっても、「死学」であると思っている。その意味で、人間救済を原則とする宗教学や神学に専心する者はなおさらのこと、常に「死学」と隣り合わせにあるという危機感を意識しておかねばならない。
佐藤一斎は「聖人の学問は、自己の徳を高めるためにするものだから、自ら道を体得することを貴ぶべきである。雑ぱくな知識で自分を飾ってはいけない。近頃の者は、ほとんどが他人に見せびらかすために花嫁衣装を作るような学び方をしている」といい、さらに「学問に志そうとする者は、自分の力に頼るべきである。他人の助けを借りるようではいけない」といい、『淮南子』には「火を他人に乞うてもらうより、自分で火打ち石をうって火をおこした方がいい。他人の汲んだ水をもらうより、自分で井戸を掘ったほうがいい」とある。自分で井戸をほってこそ「感動」がうまれる。行政の予算で掘ってもらうようでは「感動」はうまれないのである。
そこで私はいま自分で土嚢を積み上げ、上総掘を仲間とウガンダで掘るプロジェクトや養豚バンクなどを立ち上げた。干ばつのアフガニスタンのショマリ平野では募金をして、現地のNGOにお金をわたしてカレーズを掘ってもらい、水が出たかどうかその翌年確認に行き、運よく湧き出た水で現地の難民が喜んで使っているのをみて「感動」した。この喜びはしかし、金を持ち逃げされなくて良かった、水が出て良かったという受け身の「感動」で、これでは「感動」の質もレベルも低級といわねばならない。
ところで「憤慨」や「感動」といったものは、そもそも脳生理学からいえば右脳の働きから噴出してくるもので、左脳が司る論理や理屈から出てくるものではない。たとえば、貧富格差の現状に「憤慨すべき」だ、利他的救援活動に「感動すべきだ」といっても、その類似的体験を持っていない人間には、感情移入の可能性はゼロにちかい。たとえば「他者への献身」といった聞こえのよいスローガンや、その実践教育に向けての議論もきわめて事務的手続き論に終始しがちで、「感動」や「意気」に欠けること請け合いであるからである。このような次第で、私は最近ハイデッガーのいう「深い退屈気分」に襲われたかのような鬱の状態がつづいている。つまり、話をしていても、阪神ファンに巨人の逆転ホームランに「感動」せよと言っているのと同じような無力感が前景としてつねにあるからである。
先日、ウガンダの貧困漁村でわれわれが支援している養豚バンクで生まれ育った可愛い子豚数十頭が母豚ともに食べられ、売られてしまい一頭も残っていないというニュースが飛び込んできて驚いた。現地の貧困状況を体験している自分は不思議に「憤慨」も「失望」もしなかった。ある種の甘酸っぱい「感動」が裸足で走る孤児たちの笑顔とかさなり、しずかな喜びと、よし又やるぞという気概が自然に芽生えてきた自分のこころの不思議を感じている。「憤慨」や「感動」に左右されない望むべき自然体は天から与えられるものであって、マニュアル化された教えとは別次元の精神界に隠されているなにものかであるのだろう。

2009年6月
「おやさとやかた」とユートピア

「おやさとやかた」真東棟の特徴であるピロティー(建物を地表から持ち上げ地面を通行に開放する方式の支柱およびその空間)は、チャールス・フーリエの理想的共同体「ファランスティール」を支えるピロティー様式を連想させると語ったのは、近代建築史家五十嵐太郎であった。そのモダニズム的なピロティーと千鳥破風をならべた帝冠的な和風の屋根は、近代建築史家たちに独特の印象を与えるようだ。ユニットとしての共同体「ファランスティール」は、世界に大小合わせて100棟以上完成したとみられるが、八丁四面スケールの「おやさとやかた」と比べると、小規模である。「おやさとやかた」の「ふしん」をとおして、人類のあるべき理想郷を夢見たとするならば、中山正善二代真柱は、昭和普請の設計に、教祖みきが語ったさまざまな親里ぢばの断片的予言を教理的に統合化した「宗教的ユートピア共同体建設」を考えていたと推測される。「ユートピア」とはトーマス・モアのギリシャ語をもじった造語で、どこにも無い理想郷を意味する。そのユートピア的祖型は、昭和普請と同時期の満州天理村建設図面にも現れている。ユートピアは歴史の危機の時代においてつねに現れる。
昭和普請の第1回建築委員会は、1931年1月10日に開催された。以後毎週月曜日に開催し、開催された会議は200回に及ぶ。昭和普請は一直線の廊下を囲み型にし、神殿と教祖殿の領域を明確化した。「この屋敷は、先になったらなあ、廊下の下を人が往き来するようになるのやで」という教祖の予言が、世界にただ一つの回廊形式として実現したのである。一般に神社や仏閣でいう回廊と呼ばれるものは、中央を囲む塀の役割をした中庭につづく縁側的歩廊である。昭和普請における神殿は、ぢば・甘露台を中心とする空間に再編され、2階建ての階上を回廊とした筒状の廊下でつながれた。その入れ子構造として「おやさとやかた」が建築されるという設計になっている。「真座」という言葉は、二代真柱の造語で、甘露台の雨打たしの天井と設置方法には50以上の案が検討されたという。1934年には、地方教会をぢばの方向に向けることが決定された。
しかし、重要な問題は建築の構造や形ではなく、その中で実践される思想の中身である。天理教の場合は、その教理の普遍性を掘り起こして、世界に通用する理想的回路を提示することである。そのためには内面化されがちな個的ユートピアとしての「陽気ぐらし」を共同体・社会化する思想構築が意識されなければならない。そこには必然的に、共同生活が必要とする、司法、行政、法律、教育、医療、産業、農業、科学技術、芸術・文化、スポーツといった諸領域が視野に入ってくる。しかし、政教分離の中で、聖と俗をつなぐ重要な回路は、宗教都市・天理市においては、教理・思想的にも現実的にも統合していこうという動きが見られない。その傾向は市民でもある一般信仰者、宗教学者や指導者が、なべて国際政治や世界の問題に無関心で、たとえば世界平和の問題を個人や家族の幸福の問題に還元させてしまい、教理的思索は内にこもり、世界から断絶し、閉鎖され、抽象化されていく。自由活発な論議が「一手一つ」の精神を欠くという保守的精神環境を温存させ、それが「復元」や「再生」のエネルギーを抑圧していくようだ。文明開化・ルネッサンスは、その抑圧をぶち破る迫力から勃興したのである。中山正善が「陽気ぐらし」を生きたユートピア思想にもとづくファランスティールを、宗教都市の形式としてイメージしたと仮定するならば、その問題は信仰の内質を決定する「個」の「陽気ぐらし」と組織的共同体としての「陽気ぐらし」世界のあいだによこたわる、聖と俗の橋渡しの問題にあったに違いない。いま宗教者に求められるのは、この歴史的課題を世界につなぐ柔軟な創造的思考と、それを実践していこうとする強固な意思と気迫、つまりユートピア理想接近への覚悟と、知恵の活学的育成、そして想像力であろう。
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by inoueakio | 2009-01-01 11:11 | 巻頭言集
巻頭言集第二巻-2 2001年7〜12月
2001年7月号  「国家の安全保障」から「人間の安全保障」へ

国連によれば、第二次世界大戦後に引き起こされた106の紛争のうち、94%は内戦である。つまり、国家間の戦争は、数的には圧倒的に回避されている。しかし、グローバリゼーションによって、価値観が多様化し、連帯観や境界の意義が薄れ、貧富の差が拡大し、逆に非国際的な性格の武力紛争が激増している。以前は、国際平和の保証が国内平和の保証につながっていた。しかし今は、国内平和の保証が国際平和を保証するという逆方向に、歴史が回転しているように見える。国内の平和は、基本的人権や自由が守られてはじめて可能となる。天災や紛争、資源の枯渇などによる極度の貧困と恐怖から、自由を求めて人々が先祖の土地を追われ、難民として、国内外で暮らさざるを得ないような状況では、平和な繁栄はありえない。国連や世界銀行による施策のポイントが、この世界各地に蔓延する現代の「貧困との闘争」に置かれていることは当然のことであろう。世界の「高山」である国連の眼は、いまこの国々所々に発生する貧困撲滅の方向に焦点が合わされている。宗教者の眼はこの新「谷底」層に向けられているか。
国連憲章は国連の主目的を国際平和と安全の確保にあるとしている。1992年安全保障理事会の異例の要請を受けて、事務総長は加盟国に平和建設のための国連の活動をより効果あるものにするために「平和への課題」という報告書を提出した。それは国連の紛争に対する予防外交、停戦を通しての平和維持、紛争終了後の平和創造の活動に集約される。近年、国連はこの路線を継承する中、平和への理論的アプローチを進化させ、その活動についてさらなる改善を進めてきている。
去る5月14日、国連ユニタール・広島アジア太平洋センター設立にむけて、本年度ワークショップの調印式に出席したユニタールのM・ボイサード本部長は、いま国連の平和の概念が拡大し、変化し始めていると述べた。それは平和を守るために取り組むべき課題が、紛争に加えて、人権侵害、自然災害、環境破壊、薬物、犯罪、疫病、対人地雷などと多岐にわたり始めたという点にある。安全保障の概念も、国家から人間に焦点が移っている。国連はそれを次の三点で考えていると説明した。
第1は紛争を予防する平和創造(Peace Making)であり、第2は交戦中の両者を切り離す平和維持(Peace Keeping)であり、第3は紛争後の復興に当たる平和構築(Peace Building)である。この3つの「平和への課題」は頻繁に引用されているが、いまこれは「人間の安全保障」(Human Security)というより大きな概念の枠組みに吸収されている。「人間の安全保障」とは、伝統的な「国家の安全保障」から、人間個人の本来の可能性を実現する安全保障に移した新しい挑戦的な概念である。
「人間の安全保障」に対する挑戦は、暴力、基本的人権の無視、伝染病や自然災害、貧困や経済的社会的混乱、天然資源の枯渇、環境変化、災害など数え切きれないほどある。問題は山積しているとはいえ、国家の安全と繁栄を課題とした時代から、国家を超えて人間同士の安全と繁栄を課題とする方向に、世界の眼が向き始めたことは、平和を求める人類意識の進化・成人と言えなくもない。
外からやってきた、世界いちれつの新しい平和の概念と、陽気暮らしを目指す世界だすけの内なる伝統的教理実践が、個々の信仰生活や学校教育の領域においてどのように繋がっているかを振り返ることは大切である。

2001年8月号  「国際参加」:貯水・植樹・アドベ建築の試み

「地震は多くの人命を奪い、あらゆる構造物を破壊した。だが、カーストの障壁を砕くことはできなかった」とインドの英字紙インディアン・エキスプレスはインド西部地震救援状況にふれて述べている。報道によると、救援物資はもっぱら上位カースト中心に配給されたという。カーストにはバラモン(僧侶)、クシャトリヤ(武士)、バイシャ(庶民)、シュードラ(隷属民)の4階級と、カースト枠外の不可触民・ハリジャンが存在するが、現実にはカーストはその中でさらにさまざまな職種にわたって細分されている。下位カーストやイスラム教徒は、地震救援物資の公平な配分を求めて、抗議行動をあちこちでおこしているとも報道されている。
カースト制度に限らず、自然災害や戦争の被災者のために世界から送られてきた救援物資が届かないという事実はいくらでも見受けられる。ベトナムやアフガニスタンの難民救援活動に携わったことのある筆者には、経験済みである。届いているか否かを詮索する苦労は、物資を集める苦労より気がめいる。相手を疑うこころが先行するからである。
筆者は8月に派遣される天理大学「国際参加」プロジェクチームに先立って、7月上旬インドのグジャラート州・ジャムナガール市近辺の地震被災地などを訪問し、その復興状況や、とくにハリジャンの村などの視察を行った。目指すのは、地震による被災者に物資や募金を届けるという救援ではない。被災者側と協働して、農業・牧畜に必要な貯水のためのチェックダムや、ハリジャンのための安価で耐震構造のある泥土によるモデルハウスを建築し、地域行政と協力して竹を移植する。この地方の雨期に降る95パーセントの雨水は海に流れてしまうので、雨水をせき止めるチェックダムを造り、数多くのため池を作る。さらにモデルハウスは、直径2m70、高さ2m90あまりの泥土による小型アドベ建築であり、斬新な土木技術をもって、現地の伝統的風土と宗教・文化的要素を考慮しながら、独自のデザインを考えている。このユニットを生態学的な視点をも織り込んで、機能的にさまざまな形に配置すれば、将来は天理エコ・ヴィレッジが完成する。竹は、ジャムナガール滞在中3カ所において、2種10数本が散見された。市の森林局に依頼して、竹千本の苗を特別に提供してもらうこととなった。ゼロエミッションの象徴である竹が、この地域で育てば、ため池や河川の護岸にも役立つ。このコンセプトを記者会見で語ったら、翌日テレビ局(ZTV)の取材を受けた。全インドに向けて天理大学の名前が報道されたはずだ。またインドの国樹グルモハルと桜の苗木の交換移植も考えている。
参加する学生は、大地震の実態に触れるばかりでなく、カーストの実際や、さらには人間と自然の共生についても学ぶ点が多い。ジャムナガール滞在中は、東洋医学の源であるインド5千年の伝統を持つアーユルヴェーダの国立医科大学を訪問し、現代の西洋医学を足下から考える。帰途には、シルクロードにある世界遺産エローラやアージャンタ遺跡も見学する。このような協働的・教育的ツアースタイルは、単なる観光旅行や文化学習ツアーとは異なる。観察を主としたエコ・ツアーでもない。ツアーする側と地域社会の側が自立的に結びつく、「献身」という概念を取り込んだ「国際参加」のスタイルである。これを広げ、そのネットワークをグローバルに構築すれば、我が国でもユニークな異文化人間教育の試みとなるであろう。

2001年9月号    地球温暖化の教理的解釈

太陽の子である惑星地球は、大気という柔らかな着物をまとっている。その着物は、温室的な機能を持ち、自然の気象条件を巧みに調節している。その働きは、生物が生きて行くのに必要なぬくみと水気、つまり温度と湿度を絶妙に保つ仕組みになっている。現在問題になっている地球規模の気温上昇は、この地球を取りまく自然の大気の着物に、人間の生産活動や消費活動によって放出される大量のガスによって作られた着物を、地球にかさね着させた事によって起こされていると考えれば分かりやすい。温室効果ガスといわれるものがその着物であるが、主として化石燃料を燃やす際に出る二酸化炭素や、フロン、メタンなどが原因となっている。気温上昇によって溶けた氷河や、北極や南極の氷山は水となって海に流れ出る。その結果、海面は上昇し、渚は消え、島嶼国家、海辺低地帯地域は、巨大化する津波や海水の地下水への浸透などで大きな被害を受ける。温暖化が続けば、今世紀中に国土が水面下に消え去る運命にある島嶼国家も少なくない。
地球温暖化で高潮や洪水の影響を受ける人たちは、低地帯の居住者であり、その数は4600万人から9200万人、その他の生態系の崩壊により影響をうける発展途上国の人々は数億人といわれ、いままで人類が経験したことのない巨大なスケールになる。この温暖化をもたらす温室効果ガスは、主として先進工業国がいままで排出してきたものである。経済のグローバリゼーションは貧富の差を拡大してきたが、温暖化という自然破壊においても、弱者と強者、被害者と加害者がはっきりと分離されていくという構図がここには見られる。さる7月ジェノバで開かれたG8に対して、死傷者を出した20万人におよぶ「反グローバル化」を叫ぶデモは、この弱者・被害者の主張を先進国G8はもっと真面目に聞けというものであった。国連の気候変動に関する政府間パネル・IPPC(2001)によれば、平均地上気温はこれから約100年間で、最大5.8℃上がると予測されている。これまでの1万年間の変化は1℃にも満たなかった。この気候の安定のおかげで人類文明の発展があったといわれる。現在のスピードで地球の気温上昇が続けば、人類生存にとって深刻な問題となる。
地球温暖化により、海面上昇の被害を被るのはなにもツバルなどの島嶼国家だけではない。日本でも50cmの水位上昇で299万人が移住を余儀なくされる。海面が1m上昇すると、海抜が0m以下となる地域例としては、東京では江戸川区、墨田区、葛飾区、江東区などが上げられる。30cm海面上昇で日本全体で現存する砂浜の57%が消失し、1m上昇で90%が消失する。
一方、水資源の絶対的不足が人口増加により加速化するという意味でも、21世紀は「水の世紀」であるといわれる。宗教者にとって、この水資源や地球温暖化の環境問題は、人間活動の鏡である限り、即精神問題でなければならぬ。天理教教理からすると、をもたりとくにとこたち両神の守護よって象徴される、本来あるべき生態系の火と水、そして人体のぬくみと水気のバランスの中で、それに対応するこころの働きとしての理性と感性、理と情の働きのアンバランスが、温暖化の精神的原因であるという考え方。つまり、温暖化というグローバルな環境問題を突きつけられて、いまローカルな信仰者個人に問われているのは、人と自然の関係に照応する人と人との関係、個人と組織の環境に介在する、理と情のバランスの問題でもあるという考え方も成り立つのではなかろうか。

2001年10月号   「文明の衝突」に見る「善と悪」

冷戦後の文明間の衝突を予言したハーバード大学教授サムエル・ハンチントンの『文明の衝突』(1996)は大きな反響を呼んだ。冷戦後の世界はグローバルな国際社会の一体化が進むというのが当時の支配的な見方であった。しかし、ハンチントンは、イデオロギーに代わって冷戦後は多様な宗教や民族に基づくいくつもの文明がその存在を主張するようになり、米国だけが唯一の超大国であるかのように傲慢に振る舞うのは、地域大国や他の文明から反逆をもたらすだろうと分析した。9月11日の米国での同時多発テロによる攻撃は、その論拠の正しさを物語っている。
テロ首謀者ビンラーディンをかくまっていると言われる「タリバーン」は、パシュトゥーン族からなっている。このタリバーンをパキスタンが支援してきた。パキスタンにはアフガニスタン国境周辺に一説150万人ともいわれるパシュトゥーン族が住んでいる。また、タジク、ハザラ、ウズベク族からなる「北部同盟」は反タリバーンである。そして言うまでもなく米国は反タリバーンであるから、この三角関係の中でパキスタンに内乱が起こるのは目に見えている。
一方、3種族からなる反タリバーンの北部同盟は、一致団結していない。仮に米国が北部同盟を支援してタリバーンをうち破っても、政権をとった北部同盟の3派が潜在するタリバーンのテロを常時警戒しながら、派閥間の覇権闘争を繰り返すという構図になっている。ために、一部にはイタリアに亡命していた超派閥のザヒル・シャー元国王を帰国させ、アフガニスタンを統一させようとしているが、過去の経緯からして、その前にパシュトゥーンの元国王は暗殺されてしまうだろうという説の方が信憑性を持つ。
パキスタンは1989年ソ連軍が撤退したあと、イスラム自由戦士・ムジャヒディーンのゲリラ派閥を支援していた。主として元首相G・へクマティヤール党首の率いるスンニ派原理主義ヒズミ・イスラミ「イスラム党」にアメリカの援助資金はわたっていた。この事実はハンチントンの『文明の衝突』(375頁)にも記されている。1980年に筆者はペシャワールのヒズミ・イスラミの本部でこのヘクマティヤールに会見している。会見中、突然彼が退席し、側近もつづいて退席し、カメラマンと筆者の二人は薄暗い部屋にぽつんととり残された。しばし沈黙がつづいた後、中庭でゲリラによるコーランの敬虔な祈りが始まった。窓越しにそれをのぞき見しながら、再度会見の時間を静かに待ったのを昨日の如くにいま思い出している。
世界貿易センターに突っ込んだテロリスト、ムハマド・アター(33)は、遺書の中で「殉教者」としての長文の祈りを残し(『ヘラルド・トリビューン』9/29)、ブッシュ大統領は、旧約詩編23を引用してテロとの戦いは「善と悪」との戦いと位置づける(同9/12)。そして法皇ジョン・パウロ二世は、アルメニアの教会の祈りで、グローバルな問題を解決する唯一の方法は何が「善か悪」かを選択するところにあると述べる(同9/24)。そこには納得出来る宗教的懺悔の片鱗も見いだせないのだが。一神教の「善と悪」との二項対立における正義が二分化された争いはこれからも延々と続くのだろうか。一方米軍機は、戦いのための武器・弾薬・兵士と、その被害者のための「人道的支援物資」を同時に輸送している。これが新しい形の戦争であるとしたら、何とも奇妙な「善と悪」二者択一の辿りついた姿であると言わねばならない。


2001年11月号    現代の「谷底」・「高山」戦争に学ぶ

世界で最も豊かな国アメリカが、いま世界で最も貧しい国アフガニスタンを徹底空爆している。まさに『おふでさき』に啓示されている「高山」と「谷底」の戦いが象徴的に進行している。泥沼化するアフガン戦争の中で、貧富の差を惨めなまでにも拡大化してしまったグローバリゼーションの強力な牽引車・アメリカは、「高山ハせかい一れつをもうよふ まゝにすれともさきハみゑんで」(3−48)という神言をいま実証しているかのようだ。空爆される最貧国アフガニスタンは、「どのよふな高い山でも水がつく たにそこやとてあふなけわない」(7−13)というような心境で、高山の積雪の稜線を見上げ、長期化する地上戦にさらなる戦意を谷底から駆り立ている様子が窺われる。
アフガニスタンに対するアメリカのとめどもない空爆はやむところを知らない。しかし、29日発売の米週刊誌『タイム』を引用する『朝日新聞』(10月30日)によれば、「米国防総省の最も甘い評価でも目標に命中したのは85%で、15%にあたる450発以上は誤爆」であるという。カブールの赤十字の食糧倉庫は3回続けて誤爆された! 誤爆による被害は勿論戦争と関わりのない村落や市民・婦女子にも及んでいる。アメリカの空爆の目的は、タリバーンの軍事施設を破壊し、テロの犯人と目されるビンラーディンを地上部隊によって追いつめ捕獲することにあるというが、徹底した空爆が連日1ヶ月も続き、先鋭の特殊部隊が侵入している現在でも、目指す人物が籠もる場所はいまだに定かではない。万が一ビンラーディンを捕殺することが出来ても、彼は殉教者として脚光を浴び、さらにテロの恐怖は過激化する。
つまり、高山・アメリカ側にとっては、谷底の「めざる」一匹に見立てられるビンラーディンを捕獲出来てもマイナス、出来なくてもマイナスである。現に今朝(10月30日)のCNNニュースによると、200余名のタリバーンの精鋭がアフガニスタンを脱出し、英国に侵入したのではないかと伝え、米司法当局は一週間以内にアメリカのどこかで新たなテロが発生する可能性があると警告している。テロがどこかで発生するでは防御のしようがないから、不安や恐怖は増幅する。つまり、この事実は空爆を正当化した「悪か正義」かの二者択一の論理が、現実には全く有効性を持ち得ず、間違っていたということを証明している。一方、拡散する高純度兵器「炭疽菌」への対応はちぐはぐで、空爆の成果も見えていない。だんだんと米国民の団結に亀裂が入り始めている。報復は報復を呼ぶ。そのサイクルをどのようにして断ち切るか。人類の知恵と決断がいま求められている。
テロはあらゆる技術を尽くして防ぐ必要がある。しかし、なぜテロが起きているのか、その原因を歴史や宗教、或いは経済や人権の不平等といった社会的視点からだけではなく、心性還元論の罠を避けながら、現実の問題に対応し、同時に人間の心の本質についても考える必要がある。『文明の衝突』でS・ハンチントンが予測したように、アメリカの国際社会における「傲慢な振る舞い」がテロの遠因であったとしても、「世界は鏡」と教えられる限り、それを心の内面鏡に照応する問題として、例えば「こうまん」の埃を払う厳粛な信仰的行為に繋げていかねばならない。少なくとも具体的にそうでなければ、全人類の陽気暮らしや世界平和への祈りも対話も、さまざまに求められる信仰姿勢も、焦点がぼやけて現実の世界と断絶してしまう。


2001年12月   アフガン難民村に土嚢シェルターを

世界的に環境問題が深刻化するに従い、土嚢(アースバッグ)を建築に使うことが、重要な自然建築技術として復活してきた。
考えてみれば、人類だけが住居を造るときに自然を破壊する。昆虫、魚類を始めとし、鳥類、哺乳類、霊長類に至るまで、彼らはさまざまな巣を作るが、人類の巣だけが、材木をはじめ、鉄骨やセメント、化石燃料などを加工して造られる。加えて、働く場所も農業以外はなべて人工建造物の中だが、最近は野菜生産工場もある。しかし、むかし自然を破壊する科学技術が発達していなかった頃は、土や石、草や樹木の枝葉などが多用されていた。アフリカやインドの土壁の家、中東、中南米、そしてモンゴルなどに見られる干しレンガによる建物や、黄土高原のヤオトンはよく知られている。
ナーダ・カリーリというアラブ系のアメリカ人建築家は、大地の建築とも言われる土嚢建築で有名である。彼は大学の教授でもあるが、カリフォルニアのヘスペリア砂漠で、スーパーアドベという土嚢によるさまざまなモデル棟を大学生と共に建てている。砂漠の土砂に極少量のセメントを混ぜ、それを詰め込んだ袋を円形に積み重ねて行く。積み上げる土嚢コイル各層の接触面を固定化するために、有刺鉄線を層と層との間に入れることを思いついた。彼はこの新しい工法で、カリフォルニア州より建築許可を取り、独自のデザインを施して、いまヘスペリア人工湖畔にデザインが非常にユニークな博物館を建築中である。ちなみにこの湖畔の岸壁は、セメントではなく数マイルの長さの土嚢コイルを10数段重ねて張り巡らしてある。勿論目に見えるのは上部の土嚢コイルだけであるが、そこには微生物も適度に繁殖して水生植物が茂り、魚釣りを楽しむ市民も多い。NASAもこの土嚢工法に注目して、月面基地建設に応用するため近々実験に入ると聞いている。土の住居は人類の歴史と共にあるが、いまそれが新しい土嚢技術を伴って浮上してきた。
8月の天理大学生によるインド地震被災地グジャラート州ジャムナガールにおけるモデル土嚢建築は、このカリーリの技術からヒントを得たものである。しかし、実際やってみると、長さ65cm幅45cmあまりの土嚢は30キロ以上の重さであるから、それを背の高さまで持ち上げる作業は長続きしない。しかも上部に行けば行くほど、直径が狭まる円錐形の建物は、バランスが微妙で危険が伴う。また、インドのボンガといわれる伝統的円形住居の屋根部分は草葺きが多い。こちらの方が、遙かに作業はラクであり、見栄えも暖かい感じがする。そこで、私たちはアッサム地方で取れたという孟宗竹を入手して屋根の枠組みをつくり、その上を茅葺き様に仕立て上げた。
極貧のアフガニスタンで戦争が続き、難民が続出している。難民村の住居は見渡す限りテントの波である。ここに安価で工法が簡単な土嚢シェルターのモデルが出来ないだろうか。カナダやニューメキシコには「国境なき建築者」(Builders Without Borders)というNGOが立ち上げられ、基本的人権にかかわる人間の住居提供に向けて、土嚢をはじめ自然の建築素材による住居モデル作成のワークショップを実践し、技術普及の活動を始めている。これら NGOとタイアップして、アフガン難民村で、人間が立つ大地の土を原料に、安価で風土・気候に適した、工法も易しいシェルターのモデル建築が、難民の人たちと協働で実現出来ないかと考えている。
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by inoueakio | 2008-11-05 22:01 | 巻頭言集
巻頭言集第二巻-1 2001年1〜6月
2001年1月号  新「教養」概念の創出と天理大学

入試地獄の時代は過ぎ、日本の大学はいま確実に転換期を迎えている。とくに地方の私学においては、入学志願者の激減に閉校せざるを得ないところも出てきた。閉校とは企業でいえば倒産である。会社が倒産すれば、社員は失業し、新しい職場を探さなければならない。ところが、不景気になると倒産は自分の会社だけではないから、再就職は至難の業となる。大学の場合は、入試地獄が姿をかえて就職地獄となり、地獄は深みを増して、その領域は卒業見込みの学生だけでなく、大学本体の縮小・消滅により、失職する教職員に及ぶ。
そこで生きのびるためには、思い切った経営の合理化と個性ある教育内容の充実が求められる。とくに私学は、その建学の精神にたちかえって、未来をとりこんだ独自のヴィジョンを打ちだし、それを可能にする魅力的なプロジェクトを創意、実践する気概と決断を広く示さなければならない。宗教私学の立場からいえば、天理大学はいかにそのスポンサーである天理教教団と社会の期待に、直接間接に応えることができるかという点に問題の焦点は絞られる。
まずそのためには、信者・子弟に魅力的な大学であることが第一で、その個性的魅力が独自の伝統を創りあげ、それが学問や部活動などを通して社会的普遍性を帯び、教外一般の学生に及ぶことが理想的である。この意味で、大学経営者や教職員は、私学の個性と社会の普遍性を橋渡しするものは何であるかをしっかりと押さえておくことが大切であろう。そのキーワードのひとつはいわゆる「教養」という概念である。そこで目指すべきは、天理大学で培う「教養」とは、それが教養課程であれ、専門課程であれ、部活動であれ、他の私学とどこが共通し、どの点が異色であるかについて、まず関係者が誇りを持って共有できる新しい時代が求める「教養」概念を創出することである。大学再改革の評価は、改組の中味であるべきこの点に絞られるのではないか。
では、宗教私学である天理大学における「教養」とはなにか。人文、社会、自然の3系列科目をリベラル・アーツとして教えることが教養教育ではない。リベラル・アーツはプラクティカル・アーツである職業的教科と対立する概念であっても、専門と対立する概念ではない。そもそも日本語の「教養」に相当することばも概念も、外国語にはないからややこしい。加えて「教養」とはなにかという合意もない。元一橋大学長の阿部謹也は、その著『大学論』の中で「教養とはいかに生きるかということを考える姿勢からうまれるもの」と述べ、「教養とは世間の中で自分の役割を認識すること」とも言っている。さらに私流に言えば、「教養とは自分は社会にどういう点でお役に立ち、喜んでいただけるかということを自覚すること」と言えるだろう。とするならば、「教養」とは限りなく宗教的な学際的「人間学」に近づいてくることがわかる。
従来の儒教道徳と異なる「教養」という概念の創出は、森有礼が福沢諭吉や西周などと結成した日本最初の学術団体、明六社の啓蒙活動に端を発している。そこでは、維新以後、近代化に向かう国家制度の枠組みとして、「教育」の理念が制度化されていくことと並行し、「教養」という概念は、文化創造の思想的意味を担うべきであるという位置づけがなされていた。いま、時代は振り出しに戻り、この「教養」概念の新しい文化創造の思想的意味が、再び大学改革に対面して問われている。


2001年2月号  スペシャリストからジェネラリストへ

近代「経済学」は物理学をモデルとし、徹底して数式を駆使しながら発展してきた。経済現象を人間の価値観や文化、宗教などと切り離してとらえてきたのである。これに対して「経営学」は、まさに生きる人間の現場そのものを研究対象にしている。したがって、経営学は哲学、宗教学、社会学、比較文化・文明論、教育学、心理学、人類学、さらには科学技術、国際政治学などをも視野に入れながら、超学際的な経験知、体験知をとりこんだ「総合学」とも言える。総合学という意味からすれば、それはいま興りつつある「地域学」という学際領域ともつねに接点をもつと考えられる。
天理大学改組に際して、国際文化学部に地域文化研究センター、人間学部に総合教育研究センター新設の構想が打ち出されているが、後者もこれまた「総合学」としての天理人間学に基づいた研究・教育を行うであろうから、「地域学」ともども総合学としての「経営学」的手法を視座に入れておかねばならないだろう。時代はスペシャリストよりジェネラリストを求めるように動いている。細分化された専門領域に学者が閉じこもっていては教育者失格となるおそれが出てきた。これらの総合学としてのさまざまな学問における研究は、生きるというすべての側面、つまり一方では一個の人間の内なる精神領域の研究に収斂し、他方では異文化・国際的領域への広がりを経て、惑星地球さらには宇宙領域へと進出する人類の未来の営みまでとりこむであろう。その活動方向は、すべての調査、研究、思索といったものが、そこから還元される新しい理論や、個と普遍を包摂したグローカルなパラダイム創造の世界へと拡大・進化していくことが期待される。
国際経営といえば、世界の文化や宗教の多様性が色濃く影響してくる。それは国家間の関わりに限定されるものではない。多民族単一国家においても、グローバリゼーションの侵入により、経済と異文化の問題はますます深刻となっている。
多民族国家マレーシアの北方にイポーという小都市がある。そこには華僑が経営する3千頭クラスの養豚場がある。この養豚場は、国連がモデルとするようなリサイクル・システムを飼育過程にとりいれていた。つまり、高台にある錫鉱山のくぼみを貯水池とし、スロープをつたって豚舎の屋根に張り巡らされたホースから出る水で、豚に朝勢いよくシャワーを施して目をさまさせる。3千頭の豚は、眠りからいっせいに起こされ、洗浄され、糞尿をする。排泄された糞尿が排水溝を伝って用水に流される。池には中華料理用の魚が飼われている。魚が豚の糞尿を餌にする。流れにくい固形の便や、屠殺後のこされた豚の骨は粉末にされ、サトウキビ畑の貴重な肥料として使われる。一方、サトウキビの繊維であるバガスは豚の飼料や燃料、またパルプの代替品として活用される。鉱業と養豚業、水産業と農業、製紙業が一体となって、経営はゼロエミッションを見事に達成していると思われた。しかし、ムスリムのマレー人は、豚が介在する労働には従事しないし、砂糖や魚は買わない。
先月インドネシア味の素でも、製品の中に豚肉酵素が混じっていたとして社長などが逮捕されるという事件があった。このように文化・宗教の問題は、ものごとが国際化するというプロセスの中で、避けて通れないということを肝に銘じておくことが大切である。海外伝道においてはなおさらのことであろう。


2001年3月号   「節から芽が出る」─竹の神秘

古来、竹には呪力が籠められていると考えられていた。箕や籠には生殖と受胎にかかわって霊力があるとみなされていた(沖浦和光『竹の民俗史』)。竹は木でもなければ草でもない。どちらでもないというはっきりとした境界をもたない竹の曖昧性を、実体のないカオスとしてとらえると、秩序が成立する以前の渾沌・カオスにおいては、自然に内在する神々が森羅万象を動かしているから、ボーダレスな竹は、神々の霊力と感応する。その故に、竹は呪物として用いられていたのではないかと沖浦は説明する。納得のいく解釈である。極寒でも葉は青々とし、慄然と節目正しく真直ぐに伸びる竹の気品あるたたずまいは、君子の象徴的表現として広く人々に受け入れられてきた。竹の節はまた転機の旬をも意味する。
そこで、竹と霊力と言えば、想起するのは竹取物語であろう。母胎として見立てられる竹から生まれたかぐや姫は、竹取り翁に育てられるが、その呪力によって貴人や権力者の求婚をことごとく拒絶する。谷底からの高山に対するフェミニストかぐや姫の反逆精神とも解釈できないことはないが、物語はその呪力の背後に月の霊力があることを示して終わっている。生命誕生の神秘には、月の引力がつよく働いていることは科学的にも実証されているが、物語りの文化伝承の中では、竹がその神秘の媒体となっていることに注目したい。
竹の生命力と言えば、ベトナム戦争による広大な焦土の中から、地表を突き破って最初に発芽したのは竹であった。竹は地下にその根を網のごとくにはり巡らしている。竹がその根茎にある節々から無数の芽やタケノコを吹き出してきたのである。
おさしづに「根先から芽が出る」「根から芽が出る」とある。竹にはあっても、樹木が根先から発芽することはない。「まいたるたね」や球根からも芽は生える。この大地から吹き出る芽は、それぞれ一本の植物に成長するから、地上の幹や枝から出る樹木の芽とは、その意味が異なる。つまり、地上の樹木の芽は、大地の根に直結していない。また樹木の節は、主として芽が出て枝となった痕跡を指しているので、それを芽が出る場所、芽が出る旬を意味する教理上の「節」と解釈することは、比喩の意味を矮小化する。したがって根と枝、地上と地中における、植物の節の生態的相違に注目することは、教理の神学的解釈においてきわめて重要となる。その教理展開には、ポスト構造主義者G・ドゥルーズのいう多方向・重層的なリゾーム(根茎)の分節的概念などが参考となろう。
「節から芽が出る」というおさしづの言葉は、信仰生活においてひろく使われている。原典ではあらためて竹の節とは書かれてはいない。それは竹に様々な形で親しんだ当時の人たちにとっては自明のことであったからである。樹木の節と解釈できる箇所もおさしづにはあるが、辞書を引くまでもなく、「節」の第一義は竹の節を意味している。問題は、「節から芽が出る」の神意は、「根から芽が出る」という言葉において、竹のもつ特異な生態と構造が神秘を呼び込み、そのイメージを象徴的に拡大深化させ、私たちが現実の精神世界に切り込んでいく真の力を与えてくれるのではないかという点にある。あらたな秩序の誕生も、魂や組織の再生も、地中の渾沌とした暗黒に張り巡らされたねばり強い竹の生態に象徴される根茎(リゾーム)の世界において、その節々から芽吹いてくるのだということを信ずることがいま大切であろう。


2001年4月号  クローン人間と天理教

ヒツジや牛のクローンは、商業的な人間の自己利益を満たすために誕生した。しかし、クローン人間は、経済的欲求からではなく、子供が欲しいという夫婦の心理的要望にこたえて作られる人道的営みである、という理由が推進派の論拠となっている。と言っても、人間の本性である自己の世俗的欲望を満たすという点では、理屈は同じである。
米ケンタッキー大学のパノス・ザボス生殖生理学元教授は、無精子症の夫の体細胞から核を取り出して妻の卵子に移植し、一、二年のうちに夫と遺伝的に同一のクローン人間を誕生させると発表した(『朝日新聞』1月29日)。また、昨年の9月、医療ミスで死亡した生後10ヵ月の男の子のクローンをほしいという30代の夫婦は、5700万円を「クローンエイド」という企業に支払った。会社はカナダの「ラエリアン・ムーブメント」という宗教団体が、クローン人間作りのために設立したといわれる。クローン用の細胞は、医療ミスで死亡した男の子の冷凍保存された皮膚や血液から取り出される。教主ラエルは生まれたクローンの赤ちゃんを、テレビに出演させることを条件にクローン作りを引き受けたと言っている。かわいいクローンの赤ちゃんを見ると、「みんながクローンを欲しいと言うに違いない」ということらしい(『毎日新聞』1月3日)。ここには、赤ん坊が一人の人間として成人したときに持つであろう様々な問題についての配慮と想像力が完全に欠落している。赤ん坊は大人のペットではない。
移植医療の夢は拒絶反応のない臓器を再生することであった。ところが、1998年にES細胞の培養法が確立されたことによってそれが可能となった。ES細胞とは、受精卵が細胞分裂を始めたごく初期の段階に生まれる細胞群で、「万能細胞」とも呼ばれている。そこからすべての臓器と組織が分化して行き、動物の身体となる能力をもつ細胞群である。この「万能細胞」の培養と、遺伝子組み替え技術、そして体細胞クローニングを組み合わせれば、脳死・臓器移植に全く頼ることなく新鮮で拒絶反応のない臓器を作ることが実現する。生命の尊厳をうたう宗教が、この神の領域に迫る科学技術とどう折り合いをつけるかは教義の根幹に関わる重大な問題である。
ヒトの生命は卵子と精子が出会ったときに始まるとするカトリックは、「胚」を「胎児」とする立場をとっている。天理教では「元の理」で、月様が男雛型であるいざなぎの胎内へ、日様が女雛型であるいざなみの胎内へ入り込んで人間創造の守護を教えられたとある。したがって、卵子と精子の結合によって生命が発生するという立場に立つ。
ところが、平成12年12月に公布された我が国の「ヒトに関するクローン技術等の規制に関する法律」の第2条7項には、「胎児」を「人又は動物の胎内にある細胞群」と規定している。つまり、「胎児」を「細胞群」というものとしてあつかっているのである。こういった人間機械論、心身二元論に基づいた思想の行き先には大きな危機感を持たざるを得ない。
人間宿し込みの場所をぢばと定め、天理王命の神名をさずけて、甘露台を据え、人類救済のつとめと礼拝の目標とし、親と子の関係として神と人間の関わりを説き、前世の因縁を前提として個人救済を説く、天理教の布教活動において、遺伝子の人工的操作やES細胞の再生医療への採用は、その教えの根幹を揺るがすだけに、緊急に討議しなければならない重大な問題である。


2001年5月号   黄砂と環境破壊

3月下旬屋外に止めていた車のボンネットが泥雨でひどく汚れていた。中国大陸で猛威を振るう、秒速17メートルの「砂塵暴」が、黄砂となって日本に到来したのである。黄砂とは、中国大陸のゴビ・タクラマカン砂漠や黄土高原などから、シベリヤ、モンゴルからの風によって舞い上げられた砂のことだ。春は花粉と黄砂をともなってやってくるのだが、今年はとくにきわ立っていた。空中花粉にくわしい環境市民ネットワーク天理の久保田有さんによると、ここ天理市には黄砂が飛んでくるだけではなく、我が国でも有数の花粉が飛び舞う風土にあるらしい。この時期のエアロゾルには、花粉と黄砂が同時にみとめられ、加えて石炭灰などの中国における大気汚染物質が黄砂と混ざり合っていたから、顕微鏡で見るその色もどす黒かったという。日本への黄砂の飛来量は年間300万トンといわれる。今年の京都あたりは近くの山々が霞んで見え、日本海側では黄色い雪が降ったところもあったらしい。黄砂は大きな粒子だと海に落ち、小さな粒子は日本を超えて北大西洋まで運ばれる。ロスアンゼルスも数年前黄砂にみまわれたとUCLAのV・ニットレイ教授から聞いたことがある。黄砂現象は目に見えて環境問題はグローバルである事を身近に証明してくれる。今年は元日の北京を直撃し、砂が眼や口や鼻に入って困ったという留学生の帰国談も耳にした。しかし、中国大陸の本格的な「砂塵暴」は、村や広大な農地を簡単に埋め立ててしまう。ここ数年は砂あらしの回数も増え、その影響は西部や北部から上海、香港など東部、南部へもひろがり、深刻さを増している。
開発による膨大な石炭燃焼が作り出す大気エアロゾルと、自然由来の黄砂エアロゾルが高濃度で混ざり合った大気汚染は、中国特有の環境汚染として知られ、酸性雨は別名「空中鬼」とも言われている。北京の本屋で見つけたのだが、中国には『砂漠学』という教科書があり、移動砂漠と格闘する営みを「砂漠退治」と表現してある。私は石炭灰や酸性雨と混ざって降り注ぐ黄砂は、土壌や植物や河川にも害を及ぼし、中国大陸ばかりではなく、日本においても環境破壊の原因になっているのではと思っていた。しかし、よく考えてみれば、人類最古の文明をはぐくんだ黄土高原は、この黄砂が偏西風に巻きあげられ降下し積もったところで誕生した。黄土高原は日本の1.4倍の広さで、深いところは200メートルもあると言われる。200メートルと言っても黄土高原をつくった新生代の第四紀を200万年で割れば、年間の堆積量は1ミリに過ぎない。黄砂はマグネシウム、カルシウム、リンなどを含んでいるため、栄養源が乏しい海域では植物プランクトンの重要な栄養源にもなる。沖縄諸島付近では、そのため赤潮が多量に発生するのがその証拠であるという。石炭の町である大同市では降ってくる雨は酸性ではない。土壌のphも8以上であると報告されている。空中で強いアルカリ性の黄砂が働いて雨の核となり、酸性雨を中和する働きをしていることが証明されたのだという(緑の地球ネットワーク・高見邦雄)。
このことは砂漠緑化が成功すると、地球の生態系は陸海共に激変・悪化することにもなる。善と思われている砂漠緑化は、長期的にはグローバルな環境破壊であるという逆説も成り立つのである。地球生態系の自然に内在する悠久の働きを、自動車のボンネットを汚くするというレベルで捉えてはならない。自然の黄砂は善でもあり悪でもあった。


2001年6月号  新・「国際参加」プロジェクトの意義

本年1月26日、春季大祭の甘露台つとめが執り行われている最中、インド西部グジャラート州において、リヒタースケール7.9の未曾有の大地震が発生した。崩壊した村は9000、死者は数十万人を越えていると推測される。
世界各国の政府やNGOは、いち早く救援活動を開始し、地震多発国として知られている我が国からも自衛隊をはじめ、医師団が派遣され、NGOは広く国民に救援資金を募り、救援活動を開始した。しかし、基本的人権を支える衣食住のうち、いまも被災地では住居が決定的に不足していると国連は伝え、救済の継続をよびかけている。この被災地域は、20世紀の後半期にも、サイクロンによる大規模な水害を経験し、いまは逆に干ばつによる深刻な水不足にも見舞われている。
時あたかも、天理大学は志願者数が下降するなか再改革の途上にあるが、改革の実践的要項として、学生の「国際参加」を掲げている。「国際参加」の目指すところは、従来の語学研修や異文化体験の海外研修スタイルを繰り返すことにあるのではない。他者への献身的行為を通して、文化・言語をこえて「人間とは何か」について学び、人類の一員としてその誇りと責任を感じる気風を養い、知識と人格の分裂を避け、それを統合させて行くという実践的「活学」の方向を目指す。教内の学生について言えば、この「国際参加」は海外伝道者養成という天理大学の「建学の精神」を直に体感する場を提供することにもなる。そのためには「教学協働」の理念が組織として十分に活かされる配慮が望まれる。
本プロジェクトは、おやさと研究所が、まずパイロット・モデルを構築し、その成果を評価した上で、大学当局にプロジェクトの継続化を提案することとなった。その間、大学においては「国際参加」プロジェクト推進委員会を設けて協力することとなり、理事会でも承認された。現在、本研究所は、国連ユニタールやUNDP(国連開発計画)を主として、インドのNGOなどとの協働体勢を作りあげている。
海外医療協力についていえば、本教はコンゴ、ラオスなどで貴重な経験をもつ。「教学協働」の大学改革方針に基づいて、我が国でひろく知られる総合病院・憩の家の協力を得ることが出来れば、その助け合いの相乗効果ははかり知れない。本プロジェクトは、私学の宗教的精神によって開発された、本学独自の献身的「国際参加」を指向している。それは新・教養教育プログラムとして国内外の高い評価を得るものとなろう。勿論、グローバルに海外拠点を持つ天理教の地域伝道におけるバックアップにも貢献する。この「教学協働」の姿勢は、プロジェクトの中身を通して、参加者に「天理人間学」への教養的道筋を照らす大きな具体的効果をもたらすに違いない。
天理大学と本教の医療機関の協働による海外におけるジョイント・プロジェクトの実践は、新しい時代における世界たすけの一つの形を創出することでもあり、適切な広報を通して、教内のネットワークにおいてもさらなる勇みをもたらすことになることが期待される。
本プロジェクトは、本学改革に際して設置される、3つのセンターの活動にさまざまな視点から貢献することはいうまでもない。というより、このような「国際参加」を通して、3センターの独自の活動が有機的に関連づけられることが望ましい。本プロジェクトの具体的な内容に関心のある読者、天理大学の学生・教職員は、おやさと研究所にお問い合わせ下さることを期待している。
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by inoueakio | 2008-11-05 22:00 | 巻頭言集
月刊誌「GLOCAL天理」の巻頭言集もくじ
月刊誌「GLOCAL天理」の巻頭言集

巻頭言集第一巻-1 2000年1〜6月
巻頭言集第一巻-2 2000年7〜12月
巻頭言集第二巻-1 2001年1〜6月
巻頭言集第二巻-2 2001年7〜12月
巻頭言集第三巻-1 2002年1〜6月
巻頭言集第三巻-2 2002年7〜12月
巻頭言集第四巻-1 2003年1〜4月
巻頭言集第四巻-2 2003年5〜8月
巻頭言集第四巻-3 2003年9〜12月
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by inoueakio | 2008-11-05 21:44 | 巻頭言集
「グローカル天理」巻頭言集第一巻-1
「グローカル天理」巻頭言集 第一巻 1号
「二つ一つ」の原理─グローカリズムの視点


 グローバリズムとローカリズムを橋渡しした概念をグローカリズムと呼ぶことにしよう。前者を地球主義、後者を地域主義とすれば、グローカリズムは地域と地球の二つを一つにした地域地球主義ということになろうか。従って、本誌の名称である「Glocal Tenri」とは、地域地球主義に立つ「二つ一つ」の天理ということになる。

 『グローバリゼーション』(東京大学出版会)の著者であるローランド・ロバートソンは、「社会理論、文化相対主義、グローバリティーの問題」という論考の始めに、グローバリズムの大御所で、世界システムの提唱者E・ウォーラスティンの次のような言葉を引用している。

「現代社会におけるさまざまなナショナリズムは、かつての勝ち誇った諸文明と同じではない。それらは、普遍なるものへの同化…と同時に個別なものへの固執…に向けて、その欲求を多元的に表現したものである。つまり、ナショナリズムは個別主義を通しての普遍主義への欲求であり、普遍主義を通しての個別主義である。」(訳筆者)

 本誌でいうグローカリズムとは、個別と普遍を対立概念として捉えるのではなく、両者を統合する立場に立つ。つまり、グローカリズムは、ウォーラスティンのいう現代におけるナショナリズムのように、普遍主義を通して個別なるものを求め、また個別から普遍なるものへの同化を求めるのではなく、個別と普遍を結びつける方途を模索する。こういった考え方は「地球規模で考え、地域で行動する」とする環境問題解決のための実践規範としても有効であるが、この個別と普遍の考え方は、宗教系大学における独自な建学の精神と、その理念の普遍化、つまり現代に見合ったその拡大解釈の問題に対しても、解決の糸口を与えてくれる。

 いまどき、「本学においては国際人は特に養成しない」と謳っている大学はない。当然のこととして、国際人を養成するという目的は、その大学の個別性とは何ら関係はない。個別性とは目的に到るために大学が提供し得る他の大学に見られない特有のカリキュラムの内質や、大学がよって立つその建学の精神に向けられている。従って、開かれた普遍主義に立脚して、個別をどのようにして活かしていくかという、学問的領域において当事者の実力が問われる。そこでいわゆる「大学の神学」の問題においても、この個別である建学の理念を、世俗化する現代において、普遍性をもって如何に解釈し適応するかということが問題となる。つまり、焦点はその解釈に基づいて、個別と普遍の間隙を埋めるものは何かということになる。普遍に通じない独自性は排他や独善に陥りやすい。

 天理大学についていえば、教理に述べられた真理を犠牲にすることなしに、建学の精神を活かし現代の状況をふまえながら、この両極の橋渡しを可能にするユニークな構想と実践案が求められることとなる。本誌は、地域と地球、理論と実践、物質と精神、聖と俗、男性と女性、理性と感性、からだとこころ、科学と宗教といった対立概念を「二つ一つ」にする思考の試みを目指す。その中で建学の精神の中核をなす海外伝道を、異文化論の視座から貴重な生きた人間学として捉え、さらには様々な学問の領域に見られる個別と普遍、理論と実際の乖離に対して、天理教学を基底にその両極の学際的橋渡しにも、いささかなりと貢献できればと考えている。




「グローカル天理」巻頭言集 第一巻 2号
グローバリゼーションと「裏守護」再考


 天理教の根幹である「元の理」において、十の神名で象徴される親神の守護の働きは、一つ一つがそれぞれ独立した機能を果たし、その場所を占めながら、人間宿し込みの「ぢば」を中心に、全体として一なる神の守護に包摂・統一され、十全のものとなっている。その解説背景に、いわゆる「裏守護」の説き分けがあるが、その説き分けは、現代におけるグローバリゼーションの画一化の問題と、民族文化や原理主義の反逆を考える上で、非常に示唆に富んでいると考えられる。

 深谷忠政本部員は『天理教教祖論序説』の中で、「いわゆる十柱の神の裏守護といわれるものは、天理王命が神々の神として元の神たることを明示するものである」とし、30の裏守護を挙げている。そして、方位をもって示される十柱の神の守護の説き分けは、神が存在論的にではなく、機能的に明らかにされている意味において天理教神観の特徴を示しているとする。

 そこで世界の多様な宗教は、すべて十柱の神の守護のどれかを強調しているものと解釈し、キリスト教は「愛を重んじ、かくれた神の顕現という時間的関連を説く」故に、をもたりのみこと、対して仏教は、「人間の理知を重視して諦観を教え、縁起という空間的関連を重視」する故に、くにとこたちのみことの守護の上に成立すると言う。

 『天理教教祖論序説』は、これ以上突っ込んで考察してはいないが、世界の多様な宗教思想が持つ、歴史的な特徴や多様な文化の個性を見極めることにより、その特性を親神の十全の守護に対応して検証することは、 「裏守護」説き分けの神意に添った「元の理」の文明的解釈であろう。サミュエル・ハンチントンが『文明の衝突』において、多極・多文明化する世界を語り、比較文明学会会長の伊東俊太郎が「文明調整」の方途を掲げる時、天理教学においては、「裏守護」が示唆するパラダイムの文明的展開が求められる。

 天理教学が「裏守護」に関して、その書誌学的研究の領域に止まっているのは、神道や仏教見立てにおいて見られる非整合な配置にあるからであろうか。しかし、もともと世界の多様な宗教や文化、そして文明は相互に影響し合っているから、個々の教義の独自性を境界として、必ずしも相互に排他的に存在しているのではない。つまり、それらの教義には重なり合う部分が見られる。風土や歴史伝統による相違はあっても、人間として社会生活を成り立たせるための共通的倫理規範も当然持っている。それを集大成し、人類普遍の「地球倫理」を創出しようという国際的な試みもある。

 ハンチントンも、たとえ「わずか」であっても、人間の道徳的規範である「普遍的な性質」は、あらゆる文化に見い出されるとして、普遍主義を放棄して多様性を受け入れ、共通性を追求することの大切さを強調している。この視点の方向は、自ずから「元の理」と「裏守護」の説き分けの根拠について再考を促す。親神の下に、人間の魂が平等である権利と、それぞれが違う心で造り出す文化相異に立つ個性は、まったく矛盾しない。加えて、現実の世界は、ファジーで成立っている。

 「裏守護」の曖昧性、非整合性はこの世界の非条理な多様的現実に立脚している。「裏守護」を伝える「元の理」の構造は、諸宗教間の共存・調和に向けても、グローバリゼーション時代に対応する、天理教学の姿勢と新しい視点を提供するものと考えている。




「グローカル天理」巻頭言集 第一巻 3号
私立大学存続の危機と天理大学

 私立大学をめぐって、激しい環境変化が起っている。本年の速報によれば、都心にある私立大学を除き、特に地方に位置する私立大学は、なべて志願者数が激減している。前年度と比べると、学部や学科によっては7割減という危機的な大学も見られる。志願者数の減少は少子化だけが原因ではない。少子化が進む中でも、志願者が増加している地方の私立大学もある。志願者が激減する地方の大学と、増加する同じ地方の大学の違いは、一体何処にあるのかという点を厳しく見極めることは、それが大学存立の本質に触れているが故に教訓的だと思われる。その実態を的確に把握し、大学の施設や組織構造の中身を支える教育・研究の独自的・質的内容において、それを自学の実情に照らし、厳しい自己批判と評価を行い、学ぶことが大切だろう。

 そのためには、例えば研究成果の「publish or perish」(出版せざれば滅ぶ)というアメリカにおける大学教員評価の通念を導入することも求められる。また、地域性や時代性に即応しない学部・学科のスクラップ・アンド・ビルドは、志願者の大学選択において、就職実績重視の大学評価が行われる現在、思い切って実践されなければならない。ソフトの貧弱な大学は、如何に建学の精神の言葉や施設が立派であっても、志願者増加を期待できないのは当然である。

 平成10年の大学審議会は「21世紀の大学像と今後の改革方策について」という長文の答申において、「競争的環境の中で個性が輝く大学」というサブタイトルを掲げている。つまり、「大学の個性」を大学存続の為の改革の基本理念に置いているのである。独自性なかりせば、生涯教育の受容や、入試方法の改革などは、本質的な問題ではない。まず私学に求められる個性あるヴィジョンを打ち出し、教育・研究の不断の改善を追求することが、長期的効果を実現するについて大切であると言うのである。

 法政大学は改革方策として「開かれた法政21」、早稲田大学は「グローカル・ユニバーシティ」というヴィジョンを掲げ、大学としての特徴を打ち出している。そのヴィジョンに基づいて、例えば前者は独自のプランを立て、プログラム化(政策化)し、具体的な事業(プロジェクト)を行っている。そのキーコンセプトとして「グローバル化への対応」、「社会との交流」、「生涯教育の推進」の三つを掲げている(清成忠男『21世紀の私立大学像』)。

 橋本武人天理大学学長は、2月16日の臨時教職員会議において、入試志願者の激減という結果を踏まえ、天理大学は2004年には全入時代に入るという危機感を述べ、学校法人天理大学の山田忠一理事 長が設置した諮問機関・大学運営審議会の下に、急遽学内における改革のための委員会を発足することを発表した。山田理事長は、私学の置かれている現在の状況を、生き残りをかけた「戦国時代」という厳しいことばで表現している。生存競争の時代は去り、私学は生存戦争の時代に突入したという認識である。この認識に立てば、生存への勝利を目指して、全員戦士という真剣味が関係者個々人に求められる。また勝れた戦略の構築と、その敏速なる広報を通して、学内戦士の意気投合が必須となる。

 戦う意志と力のないものは、戦場において邪魔になる存在であるから、退去してもらうしかない。この真剣な戦いの経営原則は、企業も大学も変わりはない。大学崩壊・倒産を乗り越えるためには、小心翼々としている時ではない。




「グローカル天理」巻頭言集 第一巻 4号
「大学の国際化」の落とし穴

 「国際化」という言葉は極めて曖昧な日本語である。その原因はどうやら「化」という漢字にあるような気がする。「国際」的とは英語のinternationalの訳語として辞書には出ている。ここまではいい。しかし、それに「化」が加わって「国際化」するという日本語の自・他動詞に翻訳されると、途端にややこしくなる。つまり、「国際化」を意味するinternationalization という19世紀末生まれの英語は、明らかに他動詞が名詞化した概念を歴史的にも表わしているからだ。

 最も権威ある英語辞典『オックスフォード英語大辞典』によれば、internationalizeという言葉は1883年のContemporary Reviewという雑誌が初出であり、「コンゴを国際化するに際し英国と手を結ぶようベルリン政府に対し熱心な訴えがなされた」という文脈において使われている。これは江淵一公著の『大学国際化の研究』からの孫引きであるが、ここにおける「国際化」とは、コンゴが英国やドイツの仲間入りをするということではなく、英独の植民地下に置かれ、共同管理のもとに支配されることを意味する。

 一方、『日本国語大辞典』によれば、「国際化」とは「国際的なものになること。世界にするようになること」を意味している。そこには「国際化」を先進的な行為であると見なし、自己の到達すべき彼方にある理想と見なす意識が見られる。同時に、「国際化」には彼方の領域に組み込まれる一種の自己変革、組織変革のプロセスと捉えられている教育的風景が見受けられる。従って、「国際化」に関する議論も、日本人が相手を「国際化」するのではなく、先進欧米諸国に受け入れられるようになるのにはどうすれば良いかというふうに方向づけられている。こういった直線的「国際化」の理解に立つと、国際交流を通しての異文化相互理解も「文化交流」とはならず、「文化直流」に終ってしまいがちだ。

 近年富みにNGOによる途上国支援の意識が我が国の若者の中でも高まり、それが「国際交流」を超えて、脱国民・国家的な「民際交流」(transnational)に進化しつつあるのは喜ばしい。こうした時代潮流の中で、現代の大学がカリキュラムの改革や、プロジェクトを立ち上げるに際しては、例えば「国家の安全保障」から、国境を超えた「人間の安全保障」、つまり地域紛争や飢餓、貧困、開発による自然破壊や、人権侵害など個々の人間がさらされている様々な脅威にどのように対応するかという脱「国際化」の視点がきびしく問 われるようになるだろう。

 「国際」という言葉は、そもそも文化・宗教の内実とは馴染まない概念である。「世界たすけ」といっても、「国際たすけ」とは言わないのを見てもそれは分かる。国際とは国家と国家との関係性であり、たすけの対象を意味してはいない。国家とは、近代において成立した政治的、人為的なシステムであるから、文化・宗教単位で成立する平和国家は基本的にあり得ず、従って厳密な意味で、本来「国際宗教」や「国際文化」という概念は論理的に成立しない。

 このような次第で、経営組織としての大学の「国際化」と、教育の中身における「国際化」を考えるに際して、「国際化」という言葉の持つ多義性に「化」かされてはならない。そのうち国際的人材の養成といった言葉は使い古されて、脱国家的な世界的人材の養成というグローバルな概念にとって変わる時代が来るであろう。




「グローカル天理」巻頭言集 第一巻 5号
「自然資本主義」思想の台頭

 アメリカのコロラド州にあるシンクタンク・ロッキーマウンテン研究所(RMI)の所長であるA・ロビンズとL・ロビンズ女史、そして著名な経営評論家のP・ホーケンが、1999年共著で『Natural Capitalism: Creating the Next Industrial Revolution』(『自然資本主義:次期産業革命の創造』仮訳)という本を出版した。この400頁に及ぶ大冊が提示する新しい経済思想のパラダイムは、いま欧米において環境破壊と人類の開発の未来を考える政財官界やNGOの中で、熱い注目を浴びている。すでに独語の翻訳は出版され、仏、露、中、葡、日本語の翻訳がいま進行中である。

 ある書評は、アダム・スミスの『国富論』が第一次産業革命のバイブルであったとすれば、『自然資本主義』は第二次産業革命のバイブルになるであろうと絶賛している。伝統的資本主義の産業構造は、人的資本、財的資本、物的資本の三つを基本的な資本と見なし、富を追求する手段として自然を搾取してきた。

 しかし、自然を資本とみる「自然資本主義」の新しい考え方は、自然の生態系のシステムや働きに学ぶ事によって、逆に環境や組織のあり方を改善し、人類が豊かになる方法を啓発しながら、組織に改革をもたらすモデルを提案・実践させることで、その正統性をプラグマティックに証明して見せるという点にある。

 さまざまな企業や行政が、RMIのコンサルティングを受け、環境保全と経済発展を有機的に両立させ、著しい純益を生み出しているといわれる。顧客には、日本の著名なゼネコンも含まれている。 クリントン大統領は、昨年の11月、イタリアのフローレンスにおける演説において、この著が主張する「自然資本主義」の意義についてふれ、珍しく一出版社の本の宣伝を行った。

 RMIの月報『RMI Solutions』2000年4月号は、クリントン演説の部分を次のように引用している。「ここ数年私は、経済成長かそれとも環境保全、環境改善かという二者択一をする必要はなく、私たちにとって必要なのは、産業時代が採用してきたエネルギーの使用パターンを断念することであると強く確信するに到った。……そこで、私は皆様方全員に、一冊の本を読んで頂く事を強くお勧めしたい。この場所で、その本を売り歩きたいほどだ」と述べ、「自然資本主義」の熱狂的な支持者として宣伝を行ったという。

 クリントンは「この書は、現在私たちが、環境を悪化させるのではなく、浄化することによって、さらに豊かになることを可能にするテクノロジーを持ち、またそのようなテクノロジーが私たちの視野にすでに入っているということを、根本的に証明しているのは議論の余地がない」と続ける。本年4月カリフォルニア工科大学で開かれた「キャンパス緑化・コミュニティー緑化」というシンポジウムで、筆者は地球温暖化を防ぐ竹林の利活用と、産業廃棄物を素材として我が国が開発した、セメントや木材に代わる先端テクノロジーの紹介を行った。「自然資本主義」の最新情報は、その時基調報告を行った RMIのC・C・ロッペイック上級研究員から得たものである。氏と討論しながら、自然は神の身体であり、その生態系の機能を神の働きと教えられる天理教の自然観に、世界の高山がだんだんとその実証をたずさえて下山・接近してくるという実感を持った。教学を学ぶ者にとって高みの見物を決め込んでいる時ではない。




「グローカル天理」巻頭言集 第一巻 6号
混沌化するローマ字表記

 情報システムのめざましい進化がグローバリゼーションを加速化させている。国境をいとも簡単にこえて、英単語が日本語のなかにはいりこんでくる例も枚挙にいとまがない。逆に日本語が英語のなかにはいりこんでいく例も増えてきている。後者の場合は、sushi, tsunami, sasanquaなどにみられるように、英語としての正式な綴りが統一されていて、それはsusi, tunami, sazankaという綴りでもよろしいというわけではない。

 ところが日本語ではどうだろうか。ローマ字表記ひとつをとってみても、訓令式あり、ヘボン式あり、日本式あり、勝手気まま式あり、その表記は多岐多様にわたっている。街をあるくとkobanというローマ字が、新装なった「交番」のサインとして表記されているのが、最近目につくようになった。外国人のためなのであろう。しかし、「小判」のローマ字表記もkobanである。「交番」と「小判」はおなじ表記であるから発音もおなじであり、日本語初級者にとっては、koban は同音異義語と解される。

  実際はこの二語の発音はあきらかに異なるので、まことにややこしいことになる。看板といえば、能登の「見附島」では、外国人観光客むけに・・ mitukesimaとmitsukeshimaという異なった表記の看板が二本立っている。管轄省庁によって、日本語の表記がちがっている。駅や町の看板のローマ字表記の不統一は、それが日本語、外来語であるにかかわらず、目をおおうばかりである。

 それは日本文化が多様性を受け入れるという、優れた寛容性をもっているからであり、目くじらたてるほどでもないという人もいる。外務省は、パスポートにアルファベットで表記する氏名について、4月から「OH」と長音表記することを認めると発表した。これまでは「Ono」というローマ字のヘボン式表記しか認めていなかったため、小野さんや大野さんたちから・・「Ono」だと海外で正確に呼んでもらえないことから起きる苦情が寄せられていたからである。小野さんが大野さんになったり、大野さんが小野さんになったりするような例はほかにも山ほどある。「オオノ」なのか「オウノ」なのか「オーノ」なのか。長音はかな表記においても不統一である。

 言語は文化の遺伝子であるといわれる。しかし、かくのごとき正書法も、標準語をももたないという世界でもめずらしい国は、ますます情報化する世界にあって、経済活動においても、文化発信においても、すこぶる不利なのではないかと、5月20日天理大学アメリカス学会で記念講演された小和田恆大使にご意見をうかがった。そのとき氏は、英語も日本語も相互にそれが母国語でないという条件のもとでは、それをマスターするについてのむずかしさと必要な努力は同等だとしながら、かつての高村外務大臣は、小村寿太郎大臣の末裔かと他国の外交官からたずねられて、名刺のローマ字表記を・・KomuraからKoumura にかえたというエピソードも披露された。

 日本語もおなじく煩雑で、氏の名前小和田をKowadaかOwada と読むかは、学ぶしか方法はないというわけである。はたしてこれでよしとすべきなのだろうか。 日本文明存続のためには、「国語」という砦からでて、「世界語」としての日本語のあるべきすがたを、文明の視点から見直すべき時がきていると思われる。文明の問題は、なによりもまず、情報の問題であるからだ。

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by inoueakio | 2008-11-05 21:43 | 巻頭言集
「グローカル天理」巻頭言集第一巻-2
「グローカル天理」巻頭言集 第一巻 7号
「甘露台」事情の共時性

 おって掲載します。


「グローカル天理」巻頭言集 第一巻8号
世界語としての日本語を考える


 日本人は過去千年間、漢字という化け物に悩まされてきた。IT(情報技術)革命の時代に、外国と対等に渡り合うためには、漢字かなまじりの日本語では太刀打ちできない。ローマ字なら対等に勝負ができる。このように本年の6月17日、天理で開催されたおやさと研究所主催の「言語と文明─世界語としての日本語を考える」という講演会で、文化勲章受賞者・梅棹忠夫は主張した。

 急激な情報量の増加と経済のグローバル化は、いまのところ英語を世界の共通語としてすすめられている。英語が分らなければ、経済や科学・技術においても世界からとり残される。そこで、日本にも英語第二公用語論がでてきた。英語を学ぶ時間があるなら、正しい日本語をもっと勉強すべきで、英語はスペシャリストに任せておけばよいという意見もある。

 言語と文化は不可分という常識がある。伝統的にはそうであろう。それに対して、外国人の日本語学習者は、世界で多く見て400万人であるが、その数がいっこうに増えないのは、第一に漢字を使うからであり、第二に日本語には敬語や、人称などをめぐって、実にむずかしい多様な表現があるからであるといわれる。そこで、日本語を国際語として普及するために、外国人のために新しい文法を考案することが大切であると、国立国語研究所は「簡約日本語」なるものを人工的につくり出した。その中身を示すと、たとえば『北風と太陽』の話は、「まず北の風が強く吹き始めました。しかし北の風が強く吹きますと吹きます程、旅行をします人は、上に着ますものを強く体につけました。とうとう北の風は彼から上に着ますものを脱ぎさせますことをやめませんとなりませんでした。」となる。

 こういった表現が「簡約日本語」の初段階で、五段階を経て正常な日本語に辿り着くように工夫されているという。そこまでして日本語を「国際化」する必要はないという猛反対がいっせいに巻き起こった。筆者は「簡約日本語」なるものの中身には賛成しかねるが、日本語を外国人に学びやすくしようとすることには大賛成である。しかし、日本語の普遍化を可能にするその中身は、ローマ字化の方向が理想的であると考える。

 現・未来の日本文明を運転してゆく装置としての日本語、特に経済、政治、科学・技術上の受・発信においては、たとえそれが「おぞましい」日本語であっても、許容されるべきであろう。日本語は世界の言語のなかでも、動詞の変化ひとつをとってみても、きわめて論理的で、文法的にも簡潔にできている。つまり、普遍性ある世界語としての値うちをもっている。問題は表記法なのである。

 日本の大企業は、社内において海外との通信や取り引きを、コンピューターでわざわざローマ字から漢字に変換する労力を省いて、ローマ字で通信しているところが多い。ローマ字化は書き手に同音意義語を使わないという意識を生むので、聞き手にとっても分かりやすいという利点を生む。学生時代から講義ノートをローマ字で書き、盲目になるまで日記をローマ字で書いてきた梅棹は、分かち書きさえしっかりしておれば、分かりやすさは慣れの問題であるという。日本人が長らく親しんだ和服から、機能的な洋服に着変えて、洋服を着こなしているように、漢字からローマ字に移行することも同じことですという、梅棹のアナロジーには説得力があった。




「グローカル天理」巻頭言集 第一巻 9号
天理大学雅楽部・「敦煌」演奏の歴史的意義


 天理大学雅楽部が、蔵経堂発見敦煌学誕生百年記念国際学術会議に、主催者敦煌学研究院の招請にこたえて、7月30日世界遺産として知られる「中国・敦煌の莫高窟」の正面において、200数十名の学者の前で、傾盃楽、催馬楽、蘇莫者などの雅楽を披露した。特に傾盃楽急の演奏は、現在の中国にはすでにない、莫高窟で発見された1000年前の敦煌琵琶譜にある同名の曲を演奏したもので、その歴史的意義はきわめて大きいと思われる。

 莫高窟には、現在528の石窟が確認され、その壁画の総面積は約5万平方メートルで、石像は約3千体に及ぶといわれる。320窟の舞楽図や429窟などの飛天に見られるように、その楽器の形態や演奏のスタイルは、日本の雅楽の源流であることを十分に物語っている。また敦煌のシンボルでもある、琵琶を背中に回してからだを捻り弾ずる天女の「反弾琵琶」舞の図は、濃艶でもあり、ロック・ミュージックのギタリストを遙かに凌いでいるように見えて、1000年の時の隔たりを全く感じさせない。

 敦煌は、中国側の西域との交通の要衝、シルクロードの出入り口にあたるオアシス都市であった。4世紀から14世紀にかけて仏教文化が栄えたが、16世紀以降はさびれ、1900年にその莫高窟から5万点あまりの古文書や絵巻が発見されたのが契機となって、「敦煌学」が起こった。雅楽の譜面は、正倉院でもその古譜が発見されており、フランス人ペリオが持ち帰った敦煌文書にある楽譜が、最近この日本の雅楽の琵琶譜をもとにして解読されたことは、専門家のなかではよく知られている。

 天理大学雅楽部は、今回それを莫高窟の前で劇的に演じて見せた。千年前の旋律をその場所で復元したことの意義は、シルクロード文化交流史のなかでも特筆されるべきであろう。天理教の本部・ぢばは、日本最古の道として知られる山の辺の道にそって、北には平城京を、そして南には藤原京を見るやまと盆地の東方の中心部に位置している。山の辺の道は仏教文化が東漸したシルクロードの終着点であるが、つぎつぎと発掘される遺跡や遺物は、その真実を如実に証明している。

 シルクロードは絹の道であるばかりでなく、経済・情報・文化の道であり、ホースロードでもあった。神殿の東礼拝場の東方階段付近から最近発掘された数多くの馬の歯は、ホースロードと山の辺の道が繋がっていたと考える考古学者もいる。シルクロードは巡礼の道でもあったし、さまざまな競技が伝えられたスポーツロードでもあった。

 ところで、遺伝子の情報列の進化が生物の脳を発達させ、その結果人間の心が生まれ、その心がさまざまな自然環境のなかで、多種多様な文化を育てたとすれば、シルクロードは文化遺伝子の情報列として見立てられる。このように考えると、シルクロードが運んだ多種多様な文化「種」の着床地点は、「苗床」・母胎としてのやまと盆地であるというイメージが浮かぶ。さらに言えば、この歴史・文化的事実と、着床地点に見立てられる聖地ぢばのもつ宗教的意味は、重なりあうこととなる。つまり、「裏守護」と見立てられる異文化や他宗教は、天理教の教えと断絶しているのではなく、繋がっているというわけだ。このような次第で、シルクロードに籠められた教学的意味は、きわめて大きいと言わねばならない。その掘り起こしが求められる。




「グローカル天理」巻頭言集 第一巻 10号
宗教とスポーツ


 シドニーオリンピック競技大会が終わった。柔道では天理大学出身の野村忠宏選手が金メダル、篠原信一選手が銀メダル、そして細川伸二全日本柔道コーチが天理大学の教員であり、また銀メダルを獲得したシンクロナイズドスイミングの井村雅代ヘッドコーチも天理大学出身であることを考えると、天理大学出身のアスリートたちの活躍はすばらしかった。天理大学の体育学部は、校名発揚に今回もおおいに貢献した。

 スポーツは強いにこしたことはないが、肉体の耐えざる訓練を通して、精神にその成果が結果として反映されなければ、意味はない。より速く、より高く、より強くのオリンピックモットーも、あくなき人間の肉体の限界を超えようとする意味だけでは、単に動物のもつ力への限りない挑戦ということになる。オリンピックが単なる肉体の限界に挑戦する祭典であるなら、それを見ている動物たちは、人間のスピードのなさ、脆弱さを見てあざけり笑うであろう。

 もともとオリンピック競技は、ギリシャの最高神ゼウスに捧げられたスポーツ祭典であった。つまり宗教儀式の一部としてあったのである。そして、またオリンピック運動は平和運動であった。その故に、競技が始まると戦争は少なくとも競技開催中は休戦となった。相撲も考古学者によれば、葬祭という宗教儀式に深く関係している。また、聖フランシスコ・ザビエルは、あらゆる運動競技にひいで、特にピロタという球技に熱中するあまり、その右手はひどく変形していたと言われる。のちにザビエルは、スポーツ万能を恥じ、みずからの手首、手足を荒縄で縛り付けて肉体を痛めつけながら、精神の世界を磨いていったと言われている。

 当時のキリスト教会においては、肉体は精神と比較して、罪の原点であり、それを否定することが魂を磨き上げることに繋がると考えられていたのである。肉体を神のものとする天理教の教えとは対照的である。しかし、資本主義が発達し、近代化とともにスポーツが労働者や市民に広く親しまれるようになって、キリスト教会も肉体の鍛錬は、精神にとっても大切であると認めるようになった。

 クーベルタンは、当時のフランス人青年のひ弱さに比べて、イギリスのラクビー校の青年たちの強健さに触発され、オリンピック競技の復活を思いついたのである。そしてスポーツを教育に取り入れようともした。オランダの歴史学者ホイジンハは、人間をホモ・ルーデンスと規定した。つまり遊ぶ存在というわけだ。そして人間の文化は「遊びの中で、遊びとして、発生し展開してきた」と論じた。そして遊びから生まれたスポーツは、いまや巨大な文化装置として、世界の経済や政治に影響を与えるまでになったのである。遊びは聖なるものに通じる。同じように、スポーツの極限における崇高さはまさに宗教的とも言える。その熱意、協調力、忠実性、集中力、自制心、誠実性、いやしの力、祈りといった要素は、スポーツにも宗教にも共通している。しかし、スポーツは仕事としても成立するし、単なる暇つぶしとしても存在している。「陽気遊び」を神の人間創造の目的とする教理を通して、スポーツのその周辺領域がどのように見えてくるかという視点から、天理スポーツギャラリー展の期間中にシンポジウムの開催を考えてみた。




「グローカル天理」巻頭言集 第一巻 11号
人間・生命と地球の共進化と「元の理」


 生命と地球の共進化を証明するために、全地球史解読プログラムという学際的研究のシンポジウム報告が月刊『地球』(1995/7)の特集で紹介されている。太古代における岩石や化石の系統的分析をもとに、地球システム全体の変動進化史と、それをもたらした地球多圏の相互作用の解読を通して、岐阜大学の川上紳一助教授らは、生命と地球の表層環境とが共進化してきたとの認識を得るに至ったという。

 この生命と地球の共進化という地球史の先端科学的解読は、人間の成長と自然環境の変化が相照応していることを示す「元の理」のはなしと類似している点できわめて興味深い。だからといって、勿論、この生命と地球の共進化仮説をもって、「元の理」の正当性を主張しようとするも
のではない。

 しかし、20世紀の人類の先端科学技術による新しい発見と知恵は、「元の理」の説く真実の世界に確実に接近しているように思われる。ミクロの領域に籠もる、DNAの整然とした二本のベルトの並びを、拡大して目の前に突きつけられると、それはとても偶然の産物とは考えられない。「元の理」を知るものであれば、夫婦のひながたとなった「ぎ」と「み」を即座に連想するであろうし、無数の「どじょう」は、地下、地上、海水、大気圏での生き物を支える微生物を連想させる。

 ふつう一人の人間に共生する微生物は、1.5キログラムといわれるが、微生物を一枚の10円銅貨の厚さに見立てると、その積み上げた高さは2兆光年の長さとなり、宇宙からはみ出てしまう。「元の理」の「たくさん」ということばで示される無数とは、究極のところこういうことなのである。

 さらに「元の理」においては、この世の始まりは泥の海であったとある。泥海を混沌(カオス)と解せば、そのカオスから、虫鳥畜類に、そして人間へと、自然を取り持つ秩序(コスモス)が、親神の守護のもとに順序を通して現れる。この宇宙も混沌と秩序のバランスと進化の上に成り立っている。

 マクロの宇宙もミクロの人間の脳も同じである。松下正明東京大学医学部教授によれば、人間というのは、脳のなかにある混沌の世界なしには存在し得ないという。喜怒哀楽の感情、おそれや怒りなどの情動、敵に対する防御反応や呼吸・循環・消化・血圧などの自律神経機能、さらには摂食、体温維持、性行動などに加えて、これらの機能が果たされるために必要な記憶などは、内臓脳と呼ばれる大脳辺縁系の混沌が取り持つ、種族保存のための必須のはたらきであるとされる。

 人間の心、つまり、知性、判断、言語、認知などの機能は、コスモスとしての脳の新皮質の役割であるが、それに対して、中間・原始・古皮質を形成するのが大脳辺縁系である。つまり、知識(コスモス)の前提である、生命を維持する機能は、混沌(カオス)をなす大脳辺縁系によって支えられている。神のからだとしての人間の身体・かしものが、DNAのコスモスと脳のカオスに支えられている事実は、驚嘆にあたいするが、神から与えられた人間の心が、カオスを元にして知識を積み重ね、知恵を創りあげ、調和あるコスモスの世界に至るということは、これまた、一人ひとりが因縁というカオスを元にして成人することに似て、ここにおいても、人間の心の進化と生命・地球の共進化は、その原型において相照応していることに気づくのである。そこには驚くべき共時性が見られる。




「グローカル天理」巻頭言集 第一巻 12号
「漢字御廃止之議」とおふでさき


 歴史的に日本語は、中国から漢字を取り入れることによって、かきことばを獲得した。しかし、日本語の歴史は漢字からの独立の歴史であった。それは日本語独特の音節文字である仮名文字の開発にはじまっている。

 江戸中期の儒学者であり、政治家でもあった新井白石(1657-1725)などは、西洋人にはなしをきいたら「その字母わずか33字」であって、これが「天下の音として、うつすべからずというもの」がないと感嘆している。

 江戸中期の国学者・賀茂真淵(1697-1769)も、同じように「天竺では、50字もて5千余巻の仏の書を書伝え」といい、わずか25字でなり立っているオランダ語にも注目して、漢字を中心にした日本語の表記法の複雑さにおおきな疑問をなげかけている。

 さらに下って、慶応2年の12月には、日本に郵便制度を導入したことで知られる前島密が、「仮名を一国の国字とし、文法を定むべし」と徳川慶喜将軍に「漢字御廃止之議」を提出している。その実践例として「まいにちひらかなしんぶん」のような全文ひらがなで書かれた新聞もあらわれたらしい。

 つづいて明治6年には、哲学者・西周(1829-97)が「洋字を以て国語を書するの論」をかき、最初のローマ字論者といわれた。また福沢諭吉は同じ年に「文字之教」のなかで、漢字全廃論をとなえ、明治12年には「羅馬字会」が発足している。

 その後、井上馨、西園寺公望、大隈重信、鶴見祐輔など、そうそうたる人たちによって「日本語を世界語と為す運動」を通して、ひらがな・ローマ字運動に政治色がいりこんで、日本語論があらたにおこった。一方、森有礼などは日本語を英語に、戦後志賀直哉は日本語をフランス語にせよと主張したり、日本語をめぐっての議論は、日本が歴史的な危機をむかえるにあたって、くりかえされてきた。このあたりの消息については、加藤秀俊の「日本語の敗北」(『中央公論』平成12年4月号)にくわしい。

 こういった歴史のながれをふまえて、日本がIT(情報技術)時代を生きぬくためには、日本語の将来はどうあるべきかという文明論からみた主張と提言を、日本ローマ字会の会長である梅棹忠夫先生にお聞きしたのを本誌に特別掲載した。しかし、筆者がここで注目したいのは、天理教祖がつとめの第一節を教えられたのは、前島の「漢字御廃止之議」の数ヶ月まえであるということと、仮名でかかれたおふでさきが明治2年にはじまっているという史実である。

 つまり、脱漢字という歴史的共時性が世上を鏡としてここにおいてもみられる。おふでさきが仮名文字でかかれているのは、単によみやすいというだけでなく、もっとその理由の根本は言語的なところにあるように思われる。

 やまとことばのもつ意味は、しばしば重層的である。翻訳者はその訳語の選択になやまされる。たとえば、「やさしい」というやまとことばは、漢字や英語にすると、すくなくとも「優しい」「kind」と、「易しい」「easy」の2つの意味をもっている。それは易しく表現することは、筆者の読者にたいする優しさにほかならず、両語のもつ意味はその底辺においてつながっていて、矛盾してはいない。やまとことばは、それを一つのことばであらわすということばのひろがりをもっている。従って、音声にもとづくやまとことばの表現は、必然的に脱漢字的にならざるを得ない。

 やまとことばは論理より詩的表現に向いた言語であり、宗教的真実は本質的に論理より、詩的感性を通して伝わりやすい。だからといって、おふでさきに論理性がないということではない。全体を通して構造的に確たる原理原則の上にたっている。つまり、おふでさきは一首一首個別的には詩的であり、総体的には論理的であるという二つ一つの調和の上になりたっているのである。もちろん漢文も英文も、さまざまな言語独自の詩的表現のかたちをもつが、それは所詮かたちであって、ことばそれ自身ではない。

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by inoueakio | 2008-11-05 21:32 | 巻頭言集
巻頭言集第三巻-1
「グローカル天理」巻頭言集 第三巻 1月号
「内蔵」の黙示的解釈


 蛇年が脱皮して午年を迎えた。教祖は蛇年のご懐妊、午年のお生まれである。蛇年の昨年は、これまた蛇年であった明治14年、お屋敷に「内蔵」が竣工してから120年目に当たっている。また、教祖が現身を隠された直後、飯降伊蔵を通し「内蔵」で神言を伺われてから115年目でもあった。人間115才寿命と教えられるが、年祭の115年目が脱皮する蛇の年であり、本年は午年であるから 2002年は馬力ある出直し元年の年と言えなくもない。

 立教の天保9年10月26日から10日間、教祖は目を閉じて居られたと初代真柱様の手記にある。状況から判断してご危篤の状態であらせられたと推測される。その後教祖は「内蔵」に3年あまり籠もられる。しかし、のべつなく籠もられていたのではない。末女こかんは生後11ヶ月余りであり、教祖は母とし、主婦として日常の仕事もこなさなければならない。非日常空間としての「内蔵」と人間界を行き来して居られたのである。里の仙人たれと教えられるひながたの道の原型がここに見られる。

 立教後しばらくして「巽の角の瓦下ろしかけ」というお言葉が下がった。つまり、巽とは中山家の母屋の玄関口に当たる。続いて「艮の角より、瓦下ろせ」というお言葉が下がる。艮は厨房の位置を指している。門構えの否定、質素な食事と断食の予兆とも解される玄関や厨房には門戸があり、「内蔵」にも扉があった。しかし、「内蔵」の扉の鍵は、外側についている。「内蔵」は人間の住み家ではないからである。住み家でないと言えば、たちまち「一坪四方は住み家ではない」というお言葉を思い出す。

 天理教は立教・年祭とも「内蔵」から始まっている。このことは何を意味しているか。「扉を開いて地をならす」というお言葉を素通りせず、立ち止まって新たに解釈するヒントがこの周縁にないか。

 住み家でない「内蔵」は、教祖に籠もられることによって神秘なる空間となった。その中で何があったか。私たちが推測し、解釈するしかない。「内蔵」に始まる50年のひながたの道は、「元の理」再現の教理であると理解されるが、それは行為であって言葉ではない。教祖の御行いは、断食であれ、施しであれ、言葉によっていちいちその理由を説明されていない。監獄へ召還なされたときも、黙々として従われた。その黙示の何たるかを理解し、解釈するのは私たちの側の仕事である。「内蔵」も黙示的行為としてあった。

 原典は親神の言葉である。それを人間世界に試されたのがひながたの道であるとすれば、それは沈黙の行為を通して示された非言語的教理としてあった。悟りないのが神の残念と教えられるが、悟るとはこの黙示的行為の理解を深めるところに与えられる。神の言葉の解釈は教義学にとっては大切であるが、信仰者にとってさらに大切なのは、ひながたの道に示された行為の黙示的解釈であろう。教理が現実の世界の問題に肉迫出来ないと言えば、それは私たちのひながたの道の黙示的解釈が、行為を促す力を持たないレベルに止まっているというに過ぎない。要するに悟りがないのである。

 「内蔵」はひながたの道の出発点であった。その出発点は年祭の元一日と同様に教祖のご危篤という状況によって先行されている。そこに暗示されているのは、いずれも命がかかっているということである。籠もられた「内蔵」は俗なるもので満たされていた。それを空にすることをも象徴的に暗示されたのであれば、信仰者にとって「内蔵」の象徴化・内面化は必須でなければならない。




「グローカル天理」巻頭言集 第三巻 2月号
牛疫に見る不条理とひながたの道


 アフガニスタン難民救援にも積極的な神戸の被災地NGO協働センター村井雅清代表によれば、アフガン難民10人の1ヶ月の食費は約2000円であるという。一方、今朝(2月1日)のNHKテレビのニュースによれば、狂牛病のあおりを受けた畜農家の売ることも捨てることも出来ない廃用乳牛1頭にかかる飼料代は、1ヶ月約3万円と報道されていた。廃用牛はわが国に現在37万頭いると言われているから、その1ヶ月の飼料代はしめて100億円を超えるということになる。この額はなんと難民5000万人の食費に相当する。

 アフガンの難民は現在400万人と推定されるから、廃牛の1ヶ月の飼料代で、アフガン難民1年分の食費がまかなえるという計算になる。なんという不条理であるか。その責任の一端は農林水産省の不手際にあることは言うまでもない。

 ここにおいてたちまち思い出されるのは「いまゝでのうしのさきみちをもてみよ 上たるところみなきをつけよ」(ふ4—18)という、当時の牛の疫病を先例として為政者に警告を発せられたおことばである。社会事情は、歴史的に「高山」の誤った判断や、又たとえ正しい判断であっても、その実践決断の保留によって起こされる場合が多い。

 現在の狂牛病は雪印食品の偽装事件をも誘発したが、その原因は企業の「高山」=「経営者」にあることが判明した。「気をつけよ」の先にある神意の方向は、それが経営者であれ、政治的派閥であれ、国家であれ、宗教であれ、社会問題もこれら「高山」の人たちの、自己中心主義によって起こされやすいという点に向けられている。「おふでさき」の「うしのさきみち」は一例に過ぎない。

 9.11米同時多発テロは、アメリカの目に余る一国独善主義やグローバリゼーションへの怨念が一挙に暴発したものと見られている。怨念とは、「うらみ」の「ほこり」の蓄積である。その原因のひとつは世界的に拡大する貧富の格差という現実にある。戦災、天災、エイズなどの人災のあおりを受けて、いま全世界で8億4000万人もの人々が飢えている。また10億人を超える人々が安全な水を飲むことが出来ないでいる。

 人間の安全保障は、まずこういった「谷底」の人たちに向けられるべきであるとして、国連は世界の飢餓・貧困の原因を取り除くために、紛争予防や平和構築にさまざまな努力をしている。しかし、紛争地における国連の政治的・人道的介入は種々の理由で成功しているとは言えない。NGOや文民型国連機関による緊急人道救援活動も活発である。しかし、日本は先の外務大臣更迭事件に見られるように、NGOに対する「高山」の理解が未成熟である。

 フランスの哲学者ポール・リクールは「人の苦しみはそれを見た者に義務を負わせる」と言った。迫害の犠牲者が存在するとき、それを見た人たちは犠牲者を救う義務があると主張する。この絶対倫理を実践する場合に、犠牲者救済を理由に武力介入が許されるかという問いは、武力を否定する絶対平和主義者にとって難問である。つまり、ここでは絶対平和主義と絶対倫理が対立し、鋭い緊張関係に置かれるからだ。最上俊樹は近著『人道的介入—正義の武力行使はあるか』の中で、受け身の平和主義を鍛え直し、反転して攻めの姿勢で現実と向き合う論点を徹底思索している。

 苦しむ「谷底」への鋭い眼差しから始まった、教祖の徹底した施しのひながたを思い起こそう。私たちにも、リクールを超えて「人の苦しみはそれを知った者たちも義務を負わせる」という徹底倫理の具体的実践の意識改革が求められる。




「グローカル天理」巻頭言集 第三巻 3月号
「天理異文化伝道」学への期待

 『21世紀/私立大学の挑戦』(法政大学出版局)の序章「大学改革の新次元」において、著者・清成忠男法政大学総長は、競争力を有する研究型の大学の形成がわが国では重要としながら、大学改革の教育の中味に関して次の6課題を挙げている。
1)教育の質的向上と新しい学習ニーズへの対応、
2)グローバルな標準への対応、
3)社会人対象の職業人・高度職業人養成への対応、
4)産学協同への取り組み、
5)大学発ベンチャーの推進、
6)自己点検・自己評価と情報の開示。

 いずれも大学改革において重要な課題であるが、特に宗教私学天理大学においては、1)4) 6)の改革が2)3)5)の課題に挑戦する前提として優先されるべきであろうと考えられる。

 平成15年度より実施される天理大学改革においては、「建学の精神」に沿った新しいカリキュラムとして「国際協力論(実習を含む)」や「天理異文化伝道」が組み込まれる予定だ。前者は献身のプログラムを通して異文化への体験知を導くことを目的とし、後者は海外伝道者を養成するという「建学の精神」に直結した講座である。特に後者は教団のグローバルな海外伝道の長い歴史を通して培われた貴重な経験が学問的に検証されるわけで、その意味で両講座は4)の産学協同ならぬ教学協働への取り組みという課題に応えるものであろう。

 また、「天理異文化伝道」と表裏をなすものは、10カ国語による「伝道語学」である。しかし、長い歴史を持つ本学独自のこの講座は初期の目的を十分に達成しているとは言えない。他の科目と同様に自己点検・自己評価を行い、内部監査を進め、その情報を開示すべきであろう。

 「天理異文化伝道」学には、それぞれの語学と異文化を通底し横断する共通理念が求められる。ばらばらにやっていては意味がない。教典の翻訳本をテキストにし、特殊な個々人の異文化伝道体験を伝えるだけでは学問たり得ない。「天理異文化伝道」は将来「天理異文化伝道学」ないし「天理世界伝道学」の構築を視座において進められるべきであるから、宗教学と神学からの協力が必要だ。そのためにはその周縁に位置する異文化間コミュニケーションや、国際政治学、文化人類学、社会学、歴史学、地域学などといった学際的な知識も必要となる。

 つまり、本来異文化に生き、異文化を超えることを目指す海外伝道者は、自国伝道者と異なり、伝道に向かう使命感や強烈な持続的意志だけではなく、伝道圏に関する総合的な知識が要求される。「天理異文化伝道」周縁の学問領域における研鑽が必要となるのである。それを逆に言えば、天理大学が提供する全ての講座は、「建学の精神」に直結する「天理異文化伝道」学の未来を側面から支える役割を持っていると言っても過言ではない。

 こういう次第で、天理大学の「建学の精神」は「天理異文化伝道」学が他の学問と有機的に関連づけられ協調することにより、その未来展開の視野が開かれる。つまり、宗教私学としての天理大学の特殊性は、改革に伴う新しい「天理異文化伝道」や「国際協力論」などの講座をもって、その普遍性を持つことが出来るとも言えるのである。この原則を軽視すると、天理大学「建学の精神」の個別性は普遍のなかに埋没してしまい、改革の目的は達成されない。

 改革に際しては、こういったカリキュラム間の特殊と普遍の関係を構造的に捉え、関連研究・教育の分野だけではなく、関係者は組織・経営・予算の立場からも両者を常時鳥瞰的に捉えておくことが重要であろう。




「グローカル天理」巻頭言集 第三巻 4月号
天理大学地域文化研究センターの発足

 『改革にともなう天理大学の「建学の精神」具現化にむけて、本年4月1日に地域文化研究センターが発足した。センター長は当面おやさと研究所長が兼ね、専任3名と兼任3名の教員で出発することとなった。研究部門、教育部門、「国際参加」プロジェクト推進部門の3部門から成っている。国際化の中の地域文化という視点から、異文化社会の学際的研究およびその研究方法を追究すること、そしてそのプロセスと成果をまず全学的な教育と研究に反映させることを目的としている。その研究や教育活動が「建学の精神」に裏打ちされていなければ、センターの独自性は普遍に埋没し、その特殊性は発揮できない。この点をまず押さえて、あたらしい領域に果敢に挑戦していきたいと考えている。

 そこで初年度は、3つの共同研究と3つの「国際参加」プロジェクトから出発することとなった。共同研究の第1は「アフリカの解放闘争─現代の『生きるルーツ』をも求めて─」というテーマのもとに、戸田真紀子専任教員が担当し、共同研究員として宮田敏之本学教員、G.C.ムアンギ四国学院大学教授、そして北川勝彦関西大学教授が担当する。サハラ以南アフリカ諸国での「開発」の戦略および計画が挫折してきた原因は、開発が西欧化と同一視され、文化的・精神的側面が開発プロジェクトにおいて無視されてきたことにあるとし、多民族国家における「生きるためのルーツ」を念頭に、紛争回避の方法を模索する。

 本テーマは国連がブラヒミレポートにおいてその開発援助の失敗の原因を自己批判しているように、今世界で貧困問題解決の基本的な問題としてその研究が求められている分野である。天理教もコンゴやケニアに伝道拠点を持ち、医療・教育・援助活動を行ってきた。また天理図書館はアフリカ関係の膨大な蔵書を有している。アフリカ学においてはわが国でも先駆的な役割を果たしてきた。共同研究は、アフリカ伝道および本学のアフリカ学の伝統の復活と進展に大いに寄与することが期待される。

 第2の共同研究としては、「映像と現実─地域文化への今日的接近」というテーマで、箭内匠専任教員が大平陽一、B.グレン本学教員とN.ロペス映像専門研究家の協力を得て、視聴覚の時代、マルチメディアの時代といわれる中で「映像が如何に我々の現実を作るか、また作り変えるか」という、今まで真正面から取り上げることがなかった重要な領域に挑戦する。天理教ではすでに大正4年に伝道のための映画製作を行っている。天理教道友社や天理参考館の映像担当部門との協働が求められる分野でもある。

 第3に、「『宗教のグローバル化』と『グローバル化の中の宗教』」というテーマで、住原則也専任教員が、國學院大學井上順孝、東京大学島薗進、国立民族学博物館中牧弘允の諸教授と共同研究を行う。グローバリゼーションの中における宗教のあり方は一律ではない。今見られるイスラムのような反応もある。天理教の異文化伝道論にも反映させて行くことが出来る現代が必要とする重要な研究テーマである。

 その他「国際参加」プロジェクトとして、初年度は「インド西部地震被災地救援活動」の継続、「中国黄河地域植林プロジェクト」の調査、そして「アフガン人道支援」開発の3点が実施されることとなった。担当はセンター兼任の、井上昭夫、佐藤孝則、金子昭各おやさと研究所員、近藤雄二体育学部教授であり、池田士郎、村上嘉英本学両教員が協力する。全学の関心の高まりと協力が期待される。




「グローカル天理」巻頭言集 第三巻 5月号
世界宗教者平和会議と宗教間対話

 1970年京都で開催された第1回の世界宗教者平和会議(WCRP)には39ヶ国約 300人の宗教者が参加した。筆者も会議の広報部門で事務局の手伝いをさせてもらった。会議は「非武装・開発・人権」のテーマにそって行われ、採択された京都宣言は次のように述べている。「我々は、しばしば、われらの宗教的理想と平和への責任に背いてきたことを、宗教者として謙虚にそして懺悔の思いをもって告白する。平和の大義に背いてきたのは宗教ではなく、宗教者である。宗教に対するこの背反は、改めることが出来るし、また改められなければならない。」しかし、現実の世界は一向にそれが改められていない。

 その後WCRPは4年に1回、開催地とテーマをかえて大会を開いてきた。第2回大会はルーベンで「宗教と人間生活の質:地球的課題に対する宗教者の応答」、第3回はプリンストンで「世界共同体を指向する宗教」、第4回はナイロビで「人間の尊厳と世界平和を求めて─宗教の実践と協力」、第5回はメルボルンで「平和は信頼の形成から:宗教の役割」、第6回はトレントで「世界の傷を癒す:平和をめざす宗教」、そして1999年の第7回大会は「共生のためのグローバルな行動:次の千年期における諸宗教」であった。参加する宗教者の人数は大会毎に増加し、第7回大会には69ヶ国より1000人の参加者となっている。

 1976年にはシンガポールで第1回アジア宗教者平和会議が開かれ、当時異文化伝道に携わるなか、多民族・多宗教から成るシンガポールの国際宗教連盟の役員をしていた筆者も、請われてオブザーバーとして参加した。そのとき強く記憶に残っているのは、会議の冒頭に講演したマザー・テレサの姿であった。彼女は、薄水色の布をまとい、ぞうりを履き、布袋をさげて登壇した。最も貧しき者の代表として自分は会議に出席したということから話を始めたが、その祈りは「主よ、貧しさと餓えのうちに生きかつ死んでいく世界中の私たちの同胞に仕えるために、私たちをふさわしい者としてください」という内容のものであった。究極の谷底せり上げ実践者の口から流れ出た静かな言葉は、会場の宗教者を圧倒する力があった。

 しかし、日本の参加者の大半は、マザー・テレサが登壇すると舞台に一斉に押し寄せ、それぞれにカメラのシャッターを押し、その音で彼女の話が一時聴き取れなかったほどの醜態を演じた。このレベルでの世界宗教者間の対話や祈りは、将来も継続されていくだろう。そして参加者の人数の増加が、会議の成功度と反比例するという逆説も成り立つかのようである。従って、これからの真の宗教間対話への参加者は厳選されなければならない。具体的な平和行動や自己啓発を導くことが出来ない平和会議は、会議という姿をした観光的儀式に過ぎないからである。

 WCRP10周年誌の結びでは、出会いから和解へ、和解から祈りへ、祈りから行動へのサイクルの拡大を目指しながら、平和活動が教団のトップから信者一般に浸透することの重要性について述べている。グローバルには各宗教からの参加を得た国連式の事務局の確立、ローカルには各信心の徹底実践、法衣をきたから宗教者ではないということを力説している。つまり、個々人の信者の内なる精神の世界化こそが対話の前提であるということを教団の指導者にむけて訴え、これがなければ世界平和会議が現実の世界において無力であることを暗黙の内に認めているのである。




「グローカル天理」巻頭言集 第三巻 6月号
環境と文明の変遷に見る「元の理」解釈

 天理教の創造救済説話である「元の理」は「5尺になった時、海山も天地も世界も皆出来て、人間は陸上の生活をするようになった」と人間と自然の共進化を示唆している。また明治16年本(桝井本)・『神の古記』では「人間のせいちよふにおふじ、てんちうみやま、みつつち〔編註:水土〕すみやかにわかりあり」と記されている。つまり、天理教では人間生存にふさわしい自然の条件がととのって人間が誕生したとは教えていない。このことは環境問題を考えるについて天理教者が見逃してはならない大切なポイントである。生命と地球の共進化については「元の理」にふれ、Vol.1, 11号の巻頭言で地球史解読プログラムを紹介したが、今回は最近の比較文明論の視点から考えてみたい。

 比較文明学会の会長である伊東俊太郎東大名誉教授は、地球環境の変動と文明の変遷の関係について、人類文明の発展を「人類革命」「農業革命」「都市革命」「精神革命」「科学革命」の5段階に分けて、現代は「環境革命」という第6の文明変革期にさしかかっていると述べている。一方、安田喜憲国際日本文化研究センター教授は、過去の世界の主文明圏における気候変動を克明に調査して、気候の変動と文明の盛衰には因果関係があるという極めて説得力のある仮説を立てている。伊東教授はこの意見に賛同しながら、自分の立場は「環境決定論」ではないとし、文明の新たな創出というものは、人間と環境との相互作用によっているのであり、変革期を乗り越えた過去の世界の諸文明は、その地域が環境の変化の挑戦に対して、創造的に対応したところにのみ発生しているという事実を、人類史的なスケールから、花粉考古学といった先端学問の成果を取り込んで証明しようとしている。これが正しければ、「節から芽が出る」という真実は、新しい文明の創造においても普遍性をもつと言える。

 このように展開される最近の文明史論は、人類の成長は自然の変化と相互に対応しているという「元の理」の教えの理解をさらに深めてくれる。身上や事情は、一般に個人的な内的環境の悪化として捉えられるが、それを神の手引きとして受け取り、さんげと心定めの実践を通して自己啓発の契機とする天理教の考え方は、現代の地球的環境破壊を人類史的事情という視点から新しい文明の誕生を期待する神の手引きであるという自覚にまで昇華されなければならない。そうでないと「元の理」は個人救済の次元に終始し、実践的に人類全体のたすけの理ばなしとして発動し得ない。つまり、現代が突きつけるさまざまな問題に深く切り込んでいくことは出来ない。

 最近の遺伝子工学は、単細胞にはじまる自然の生きものすべては、その分化、進化の過程を経て人間に至まで、同じDNAを持っていることを発見した。このことは、つとめの第三節「一列すまして」という言葉のもつエコロジカルな意味領域に私たちの眼差しを向ける。「一列」は漢語ではなく、その原意が和語として「同様」「すべて」の意と解されるからである(加地伸行阪大名誉教授)。「元の理」は生命と自然の共進化のプロセスの中で、自然と生きものとの「調和」と「共生」の大切さを伝える豊かなメッセージを持っている。親神の十全の守護が、天地人を貫いて循環しているが故に、環境問題を解決するさまざまな着想のヒントが籠められている。「はや としやんしてみてせきこめよ ねへほるもよふなんでしてでん」というおふでさき5号64番のお言葉が鋭く迫ってくる。

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by inoueakio | 2008-11-05 21:27 | 巻頭言集
巻頭言集第三巻-2
「グローカル天理」巻頭言集 第三巻 7月号
サッカーW杯熱狂の彼方に見えるもの


 サッカーW杯は、日本の決勝トーナメント進出によって日本列島を興奮の渦に巻き込んだ。テレビの視聴率は68%という驚異的な数字を示した。日本の新聞も全紙がスポーツ紙面化し、報道も競技化して、一般読者がいままで耳にしたこともない外国選手の大写しカラー写真をきそって載せ、無駄使いも甚だしいと思われる程にその名前が大きなカタカナ文字で紙面に踊っていた。もっと他に重要なことが私たちにあるのではないかと考えていた読者も32%以上はいたのではないか。

 一方、サッカーW杯にわいた韓国がその「後遺症」に悩まされている。国民はまだ興奮状態で仕事に手がつかず、自動車最大手の現代自動車も6月の生産台数は5月に比べて半減したといわれる。W杯によるこういった損失は約450億円以上で、W杯が経済効果に結びつくというのは安易な錯覚であり、国家イメージの向上と経済効果とは無関係であったという(『朝日新聞』7月8日)。また、「W杯の経済効果」などの論文で知られる英国のステファン・ジマンスキー氏は、過去28年間のW杯開催国の経済を見ても開催年の経済成長はマイナス2%強で経済効果は全く出ていないと述べている(同7月3日)。

 サッカーといえば、テレビ観戦中にオフサイドもいちいち説明してもらわねば分からない自分であるが、どうしたわけかドイツとブラジルの決勝戦だけはテレビの前に座って見てしまった。しかし、その試合の退屈さ加減にうとうとしはじめ、目が覚めたときには試合は終わっていた。ラグビーの世界レベルの試合と比べると、全体にサッカーの試合は単調に見える。天才プレーヤーと賞されるマラドーナもW杯について、「決勝トーナメントは平凡で、決勝戦もすばらしいものではなかった。ドイツはかつて見た中で最悪のドイツチームだった。ブラジルは個人の寄せ集めで、チームとはいえなかった」と評価しているのを知って(同7月 2日)ひとりうなずいた次第である。文化的にも内実的にもサッカーを同化出来ていない筆者などには発言の資格はないが、決勝戦を退屈と評したサッカーファンや、マラドーナに反論できる批評家はいたのだろうか。

 毎年数ヶ月はサンパウロにいるというサッカー批評家としても知られる文化人類学者・今福龍太は、サッカーへの愛がブラジル人の魂の最も深い部分で彼らの日常的な感情の統合を形成しているという。そこでつぎのように述べる。「日本人の多くが、その国家的帰属ゆえに形式的に日本チーム(の勝利)を応援するのとは決定的にちがう何かが」ブラジルにはある。つまり、「彼らはブラジル国民であるからブラジルを応援するという自動的・無自覚の関係を突き破るために、ブラジル・サッカーのなかに人間としての日常の美学と倫理をたえず厳しく求めつづける」。そして、W杯の決勝戦では「失点への不安という抑圧を振り切って、遊技的で美的な強度をもったゴールを追究しつづけた今回のチームが、ブラジル人の生きる愛と情熱を奮い立たせたのも当然であった」と解説する(同7月2日)。ここには集団陶酔的なナショナリズムを超えたサッカーの姿がある。その姿はまさにブラジルのサッカー文化が国家を超えたグローカルの地点に精神的にも到達していることを示している。本当のサッカーの魅力は、この美学・倫理的な領域にあるのであって、それは本来スポーツが持つ深い人間性に根ざした宗教的な要素にも底辺において繋がっていると思われる。




「グローカル天理」巻頭言集 第三巻 8月号
天理エコモデル・デザイニングセンターの実験


 おやさと研究所では、杣之内町に天理エコモデル・デザイニングセンターなるものを立ち上げた。太陽熱、水力、風力、地熱(「火水風土」)といった自然エネルギー利用のモデル実験や、いま世界で注目されているエコロジカルなアースバッグ(土嚢)によるシェルター建築、ビオトープの造成などを通して環境問題を総合的に学ぼうというわけである。センターはわが国最古の道である山辺の道がすぐ東側を走る歴史風土にめぐまれた場所に位置している。西方に隣接して以前合掌造りの家が二棟保存されていたが、いまは台湾より移築されたパイワン族の首長の石造りの家のみが残っている。そこに建てられたシェルター2棟の方位と内部構成には、京都大学で博士号を取り、京都CDL(コミュニティ・デザインリーグ)の運営委員長を勤める俊英建築デザイナー渡辺菊真氏によって、聖俗の象徴的表現がほどこされ、それを取り囲んでいる壁面は南側につづくビオトープの存在を意識して設計されている。

 またセンターの北東の隅には、シェルターに隣接して井戸が掘られ、その沸き水は風力やソーラー発電から得られた電力で汲み上げられて、ビオトープに流される。水路には、泥土を固めて造られたコーブ(cob)状の素材を用いた独自の彫刻を考案中である。ゼロエミッションのモデルとして屡々広範囲に利用される自然素材・竹の造形的デザインもセンター構成の美的視野に入っている。陶芸用の窯も造る。自然建築の主流である土嚢工法によって造られたこのシェルター建築には、アメリカより自然建築を世界各地で実践しているNGO・国境なき建築家機構(Builders With-out Borders)の代表ジョウ・ケネディ氏が来日して天理と神戸で技術指導を行った。

 天理大学地域文化研究センターは、このおやさと研究所が進める、自然・大地に還る天理「火水風土」プロジェクトの地域版として、地震被災地である神戸市長田区庄田町の一画を市から借地し、同じく地震被災地であるアフガニスタン救援を意識した、「神戸アフガニスタン友好交流公園」のためのアースバッグによる建築を行った。作業は5月初旬から7月7日までの毎日曜日に、日本インド国交復興50周年を記念し、センターの理念の国際的実現を目指して本年度インドに派遣される天理大学学生や、地元のNGOなどが協力した。その主旨や経過は新聞でも紹介されてきたが、テレビでは朝日放送が7月7日に現地取材とインタビューを行い、7月9日「ニュースゆう」という番組において解説を含めて放映した。

 アメリカで開発されたアースバッグ工法は、明治の左官職人・服部長七が開発した土と消石灰を水で練り、たたいて締める「人造石工法」に似ているところがある。長七が開発した工法は「長七たたき」とも呼ばれるが、世界遺産・アンコールワットの遺跡修復でも、強度はセメントの4倍といわれる常温で固めた「人造石工法」が、同遺跡の石造寺院バイヨンの修復を受け持つ日本政府アンコール遺跡救済チームによって採用されている(『朝日新聞』1998年7月10 日)。

 経済効率を追い求める現代の生産活動の世界に、忘れ去られていた伝統工法が見事に復活したのである。センターの床面も長七の「人造石工法」で叩き上げ、わが土嚢工法が世界の被災地でよろこばれるよう、製作に向けて、ふやけがちな精神をたたき締め上げていきたいと考えている。




「グローカル天理」巻頭言集 第三巻 9月号
農地を潤すチェックダム─水源確保インド報告

 『National Geographic』9月号は「世界の水不足」をテーマに地球環境特集を組んだ。南アフリカのヨハネスブルグで開幕した「環境・開発サミット」を意識しての特集である。洪水と干ばつといった両極端の気候変動をもたらす地球温暖化の原因と実体をさまざまな視点から検証し、問題解決に向けて地道に努力している人たちの活動も紹介している。

 世界人口の約8割はアフリカをはじめとする途上国に生活している。しかし、その所得は世界の2割を占めるに過ぎない。一方水不足は貧困層の拡大をもたらしている。その原因は温暖化だけではなく、先進国主導の経済のグローバル化にもある。そこでヨハネスブルグ会議最大の焦点は、水やエネルギーの安定した供給を通して、20億人といわれる貧困・飢餓に喘ぐ人々をいかに環境保全に添った施策で解決するかであった。

 幸い日本では国内の水は足りている。しかし、世界では水質汚染や水不足が深刻である。そこで水不足の深刻さを実感し、水のありがたさを学ぶためにも、天理大学地域文化研究センターは昨年からの「国際参加」インド・プロジェクトを引き継ぎ実行する。昨年の夏、インドのグジャラート州ジャムナガール市の地震被災地において、学生と現地のNGOの協働で20mほどのチェックダム(堰)を完成した。先月その現場を調査するために訪れた。モンスーンであるにも関わらず今年は雨が降らず、チェックダムが昨年雨水を堰き止めて出来た広大な貯水池は完全に干上がっていたが、周辺の土地は見事に緑の畑となり農作物がゆたかに育っていた。

 バラチャディ村では、私たちが協働してつくった堰を始めとして、同規模のチェックダムが7基完成している。天理教国際たすけあいネットやベルギーの NGOなどの寄付によって造られたものである。それぞれの堰に隣接する土地には、深さ8mから50mあまりの井戸があちこちに掘られている。地下水をポンプで汲み上げ散水するのである。雨が十分に降れば貯水池にたまった水を生活用水や家畜、そして潅漑に利用できるだけではなく、貯水池の底から地面に深く染みこんだ水が干上がった井戸を再び満たすようになる。この水の恩恵を受けて地平線の遙か彼方までピーナッツや胡麻、綿花、粟、稗などの畑が続いていた。加えてうれしいことに、今年もボランティアとして出かけた天理大学生有志のアースバッグによるボンガの建築作業に協力した農民たちが、同じようなシェルターを収穫用の倉庫として造りたいと言いはじめたことである。

 バラチャディ村でダムを管理しているV.P.デブバさんの話によれば、雨水の95%が近くのアラビヤ海に流れてしまうと言う。それを堰き止めるために小型ダムをつくることは私たちの経験から言っても技術的にさして難しい事ではない。20m級のダムなら50万円余りで出来上がる。急激な人口増加による食糧需要が増え、世界はさらに貧困層を拡大していくであろう。農地用水のため潅漑が無制限におこなわれれば、河川や湿地や湖沼が今以上に干上がる恐れがある。そこで大地を潤すには天から授けられる膨大な雨水を、より効率的に活用することが大切だ。灼熱の広大なあの天竺の農地に立って、このようなことを考えていると「またゝすけりうけ一れつどこまでも いつもほふさくをしゑたいから」(ふ12:96)と仰せられるお言葉が思い起こされた。来年度のインド・プロジェクトの継続・拡大が期待される。




「グローカル天理」巻頭言集 第三巻 10月号
現代の「谷底」・アフガニスタンから見えるもの

 米同時多発テロを受け、米軍がテロ組織根絶を目的にアフガニスタン攻撃を始めてから10 月7日で1年経った。タリバン政権は1ヶ月で崩壊し、米国や国際社会が後ろ盾となってカルザイ大統領を軸に暫定政権が新たな国造りを始めている。しかし、ビン・ラディン氏やオマール氏の消息は依然として闇の中で、散在するテロ組織アルカイーダの掃討は先が見えない。地方軍閥の抗争は深刻化し、統治能力に疑問符が打たれるようになったカルザイ政権の前途には、一層の政情不安と治安悪化の泥海が予測されるようになった。先月、国連UNITARのミッションの一員としてカブールとカンダハールを視察に訪れた筆者は、治安の安定と復興推進に向けて、その前途を阻む材料が余りにも多いのに愕然とした。23年間に及ぶ戦争の被害に加えて、アフガン史上未曾有といわれる4年連続の大干ばつ、相次ぐ地震による災害の後遺症は、再建に求められる人材の圧倒的な不足もあって、現代の「谷底」そのものを呈している。

 世界たすけと「谷底」せり上げを教祖ひながたの道の原点とする天理教は、その事情の中からどのような神の声を聞こうとするのか。100年前と違い、地球全体を覆う情報網を通して世界の出来事が瞬時にして私たちに届き、それを知ってしまった限り、それを架空の出来事として捉えることは許されないと人道主義者は言い、数多くのNGOが危険を冒してアフガニスタン再建に取り組んでいる。絶対倫理からすれば、苦しむ人がいると言うことを知った人間には、それを助けるという義務が生ずるというわけだ。

 おふでさき17号のおわりで「月日にハせかいぢううハはみなハが子 かハいゝばいをもていれども」「それしらすみな一れつハめへ  に ほこりばかりをしやんしている」「この心神のざんねんをもてくれ どふもなんともゆうにゆハれん」「いまゝでのよふなる事はゆハんでな これからさきハさとりばかりや」と教えられる。つまり、おふでさきを読むと言うことは、その先また個々の信仰者に強く要請される悟りによって開かれた独自の精神世界が現れ出てこなければならない。このように考えて、このお言葉をアフガニスタンに重ね合わせると、教史における明治16年の大干ばつによる雨乞いつとめの深刻さも、一に百姓たすけたいと仰せられる教祖の親心も、「高山」に対する「上たるハせかいぢううをハがまゝに をもているのハ心ちかうで」(3─124)というお言葉も、俄然2世紀の時を超えて現実化する。まことに「谷底」を知らなければ「谷底」も「高山」も真に語ることは出来ないと知ったのである。

 「遊山」とは禅宗に由来する言葉として知られ、山野を歩き修業を経て「悟り」に至る道程をいう。また「谷底」を流れる渓谷に船を浮かべて、その渓流を下る船から聳え変化する「高山」の風景を楽しむ事を言う。従って「陽気遊山」という言葉は限りなく美的で流れるようなダイナミズムを持つ。しかし、現実のアフガンの「谷底」には水は流れていない。遊山の条件である「水」が不在では平和の海が視野に入ってこない。

 ペシャアワール会の中村医師はアフガニスタンで井戸を掘り始めた。800基以上の井戸を掘り、600基以上から水が湧き出たという。金が無くとも水さえあれば生きていけるというアフガンの9割を占める農民を助けるために、医者が井戸を掘る。教祖伝逸話篇にも井戸の話が出てくる。誰かカンダハールで一緒に井戸を掘る人はいないだろうか。




「グローカル天理」巻頭言集 第三巻 11月号
「谷底」・アフガンに見る芥子栽培と地雷

 現在のアフガニスタンは、治安と経済において世界の「谷底」国家の代表であろう。30数年前地上の桃源郷ともいわれた現在のこの国のかたちは、まさにおふでさきに啓示された「たにそこ」という言葉がぴったりである。その「谷底」は、20数年間に及ぶ「たたかい」によって形成されたものであるが、その極めつけは、9・11米同時多発テロの「うらみ」の爆発とも、報復「かえし」ともとれる米軍が投下した約1万8千発の爆弾やミサイルの「てんび火のあめ」であった。また、復興「ふしん」を阻む1200万個以上といわれる未処理の地雷、増加の一途を辿る芥子栽培の複雑な事情が、その「谷底」の「もよふ」をさらに険しいものにしている。

 「このはなしなんとをもふてきいている てんび火のあめうみわつなみや」「こらほどの月日の心しんバいをせかいぢうハなんとをもてる」(6─116、117)というおふでさきの言葉が一瞬に浮上して、我が身にするどく迫ってくる。

 『地雷撲滅をめざす技術』(下井信浩著)によれば、世界の紛争地域に未処理のまま埋設され、現在も放置されている地雷の数は約7000万個といわれる。また、対人地雷による被害は22分に1人の割合で起こっている。何故地雷なのか。ベトナム戦争では、直径7センチメートル、重さ150グラム、価格が1ドル程度の対人地雷が使われた。この金属探知器に探知され難いプラスチック製の地雷は、致命的な殺傷力を持たず、大人の片足程度を飛散させるように設計されている。負傷者を死に至らしめず、負傷による痛みと苦しみによって兵士たちの士気を低下させ、負傷者を担架で担ぎ、看護する健常者の数を戦場から奪うことが可能だからだ。

 地雷による負傷者は身体障害者となって生存し、治療や生活保障のための出費は対戦国の大きな経済負担となるから、厭戦気分を起こさせるのに効果があるというわけだ。筆者は22年前、ペシャワールの難民テント村の野戦病院を薬をもって訪れたことがあり、今回もカブールやカンダハールの人混みの中で片足の人たちをあちこちで目にした。地雷は非戦闘員である女性や子どもたちを殺傷するばかりでなく、地雷を埋没された土地は、復興にとって最も大切な農地を使用不可能にし、森林や河川への立ち入りを困難にする。

 「谷底」からの「よなおり」と「ふしん」を拒むものは、地雷や地方軍閥の跋扈だけではない。もう一つに芥子栽培という大きな問題がある。大麦は1キロ 40セントでしか売れないが、芥子は300ドルで売れる(「大豊作」The Economist 11月12日号)。また5年続いた大干ばつに加えて、芥子栽培にとられる水は膨大な量となり、その地域の砂漠化は進み、津波のような砂に5メートルも土の家が埋まってしまったという話もある(「芥子がもたらす旱魃」TIME 10月21号)。

 1999年、アフガニスタンは全世界で6000トンともいわれる芥子栽培の75%を産出している(L. P. Goodson, Afghanistanユs Endless War )。カルザイ政権は10年計画で芥子栽培を全面廃止するという。その目的を達成するには、400万人といわれる芥子依存農民のために、代替作物を開発しなければならない。無理矢理に芥子栽培を禁止すれば、400万人が国内難民となり、犯罪も増える。問題を根本的に解決するためには、芥子そのものを輸入し、ヘロインに精製し売りさばくメカニズムを断ち切らなければならない。国連や関係諸外国はどうするのか。
 




「グローカル天理」巻頭言集 第三巻 12月号
拉致問題と「グローカル」マインド

 一時帰国した北朝鮮の拉致被害者を約束通り戻すべきか戻さざるべきかで、日朝交渉が暗礁に乗り上げている。帰国後の5人の被害者に、新聞、雑誌やテレビの報道陣がどっと押し寄せ、その一挙手一投足、ついには朝食のメニューまで公開されているほどだから日本人で関心を持たぬものは誰もいないのであろう。「食料危機でお金が欲しい北朝鮮は、強く出れば必ず譲歩する」という勇ましい識者もいるし、核ミサイルを隠し持つ北朝鮮が相手であるから「政府が5人を戻さないと決めた時、背筋にゾッとするものを感じた」という慎重派国会議員もいる。前者は傲慢、後者は臆病と決めつけられるのであろうか。

 拉致被害者個人の幸福は、子どもたち家族と共に住むことであろう。しかし、国家全体を優先する外交的効果は、そのことによって否定されるという政治の歴史的現実がその背景にある。戦時におけると似たような国家と個人の関係をめぐるさまざまな論理が政治の中でもいま静かに働いている。とりわけ宗教者にとっては、その教えの解釈に従って、個の優先か、全体の優先か、個人の幸福か、全体の幸福かが問われている。当事者と客観者ではその意見が分かれるだろう。前者からは、当然のこととして情の世界に力点を置いた判断が導かれるであろうし、後者は、個人の情を可能な限り排して、全体の利害を考えるだろう。政治家の中には、個の情を私人として理解しながら、メディアが加速させる集団の情の渦に巻きこまれる危険に気づいている者もいるであろう。両者が救われる理と情の中庸を極めることがむずかしいのである。

 このように問題を絞っていくと、宗教者は現実の国際紛争に見られる世界の宗教間対立の問題だけではなく、宗教と政治が本来もつ哲学的な問題が、個の内面からも問われているということに思い至らねばならない。考えてみれば、拉致問題は、臓器移植の賛否両論をめぐる生命倫理の問題とも共通点を持っている。つまり、国際政治においても、生命倫理においても、その問題の根底に、個と全体、ローカルとグローバル、特殊と普遍の緊張関係が存在しているのである。ここにおいても二者択一ではなくて、両者を包摂する考え方、グローカルな「二つ一つ」の知恵が求められている。

 サミュエル・ハンチントンは『文明の衝突』の中で、インドの学者の言葉を引用して、アメリカの罪はその「パワー、傲慢さ、強欲さ」であると言った。フィリピンの政治家は、ハワード豪首相の東南アジア諸国のテロ組織への先制攻撃発言は「極めて高慢だ」と反発している。イランのラフサンジャニ前大統領は、イラクと石油の問題にふれて、「米国が高慢な政策を止めるなら、両国が協力することが可能だ」と述べている(『朝日新聞』12月3日)。南北問題に加えて、現代が「傲慢」化する「高山」と、極貧化する「谷底」に両極化される方向にあるのならば、21世紀は「高慢」が支配する「埃」(ほこり)の時代となるであろう。

 「世界が鏡」と教えられる。世界が「高慢」の心使いで彩られているのならば、それはたちまち個々人の内面鏡としての胸の内に、「高慢」という「埃」が積もっていると気づき、問題の原因を「高慢」のほこりに収斂して、それを払う魂のきびしい錬磨が要請されている時代が到来したとも言える。

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by inoueakio | 2008-11-05 19:34 | 巻頭言集
巻頭言集第四巻-1
「グローカル天理」巻頭言集 第四巻 1月号
「レンタルの思想」とかしもの・かりものの教理


 限りなく富を追究して膨脹する人間圏と、それにともなう地球環境破壊の問題を解決するための考え方として、最近注目すべきものに「レンタルの思想」というのがある。レンタルとはレンタカーのレンタルであるから、「レンタルの思想」を一言で言えば「借りものの思想」ということになる。比較惑星学者・松井孝典東大大学院教授などが提唱する「地球学」の骨子をなす新しい考え方であるが、この先端科学が生み出した思想には、天理教独自の伝統的自然観と身体観に通底しているところがある。

 人類は悠久の歴史の中で豊かになるということを追究して生きてきた。そして、豊かになることは人間にとって具体的に物を「所有」することを意味した。しかし、いまこの豊かさの意味が人間圏の危機の中で問われている。つまり、人間の物に対する「所有」欲が現在のスピードで増幅すれば、人口増加や生産消費の拡大率の異常さの中で、人類は後100年も存続し得ないであろうと言われる。つまり、物の「所有」いうことについて考え直すことが求められているのである。この物の「所有」に対するアンチテーゼとして、「借りもの」という思想が科学の領域から突如として飛び出してきた。

 松井教授は、我々が生きていくにあたって必要としているのは物(製品)ではなくて、その物(製品)の「機能」だけであり、自分の「所有」と思っているからだも、実は物として地球から借りているに過ぎないと述べる。借りた物から各種の臓器がつくられ、その臓器の「機能」を使って私たちは生きているのだという。その「機能」を使うということが生きるためには重要なことであって、人間のからだそのものが物として意味があるのではない、死ねば地球に返るだけだとも述べる。

 物それ自体が重要なのではなく、「機能」が重要だというこの地球学者の主張は、自然の「機能」や自然の一部である人間の身体の働きは、神の守護の配下にあり、人間のからだは神からのかしものかりものであるという教理に通じている。「レンタルの思想」が科学の領域の中で自ずと限界を見せるのは、その借りた物の貸された目的の欠落であり、その「機能」の目的に反する使い方を戒める具体的倫理や道徳の不在である。しかし、このあらたな思想のインパクトは宗教的にも強烈なものがある。

 かえりみれば近代の自然科学は、二元論と要素還元主義から成り立っていた。前者は、人間が自然を認識する主体であり、自然は人間に認識される客体であるという考え方である。後者は、宇宙全体を理解するためには、それを構成している部分を組み合わせたものが全体であるという考え方である。しかし、量子力学の分野において、たとえば観測する主体の行為が、認識しようとする素粒子という客体に影響を及ぼしていることが分かり、主体と客体が分離しているという考え方の前提が崩れてしまった。また、認識された部分の足し算で物質の全体像が理解されるという考え方も破綻した。自然全体を理解するためには、その部分を単純に足し算すればよいとは認められない自然の複雑さがつぎつぎとわかってきたからである。そこから複雑系と名の付くさまざまな学問が誕生した。

 そこで21世紀の科学においては、二元論と要素還元主義の限界をいかにして超えるかということが問題となってきた。その方法として松井教授は、注目すべき二つの議論を展開している。一つは、自然・宇宙の構成要素は、互いに関係をもってつながった一つの系であるとして全体を説明しようとするシステム論であり、もう一つは、自然は宇宙の歴史を記録した古文書であるという見方である。つまり、氏はわれわれは知的生命体として知の体系を創造しているのではなく、自然の中に書かれている「古文書」を読んでいるに過ぎないと主張する。この立場に立つと、知の体系が拡大し、自然がより総合的に解釈できるのは、自然を解読する道具が時代と共に効率よくなっているということに過ぎないということになる。この考え方は、自然を神の身体、道具を教理解釈という言葉に置きかえれば、限りなく天理教の教えに近い考え方であろう。自然を「古文書」として読むということは、神の身体である自然を成り立たせている機能と働きを解読するということに他ならないからである。また前者のシステム論は、個と全体をつなぐ「グローカル」な考え方とも言えるだろう。

 教祖はひながたの道の初期において、徹底した施しや母屋の取りこぼちなどを通して、物の「所有」を否定されたように思われる。また、私たちが生きるために必要な物は神からの恵みであり、人間のからだは物の中でもその個人の魂に貸されたいのちの所在であり、からだの機能は魂に与えられた人間の心が使用する道具(陽気暮らしを目的とした)であると教えられた。松井教授の「レンタルの思想」は、一種の理神論を想起させるが、かつてそれが17、18世紀においてヨーロッパの啓蒙主義に強い影響を与えたように、21世紀の人類の欲望を制御できるあたらしい思想として広く受け入れられることを祈りたい。




「グローカル天理」巻頭言集 第四巻 2月号
スペースシャトル「コロンビア」の空中分解に思う
「宇宙地獄」と「地球極楽」


 1967年のこと。アポロ1号が秒読みの実験中、電気系統の故障で火災が起き、宇宙飛行士の3人が船内で焼死した。そのためにアポロ計画は一年延期された。しかし、この事故の徹底した糾明がなかったならば、その後の人類の月面着陸は不可能であったといわれる。つまり、焼死した宇宙飛行士は、アポロ計画成功のために人柱になったというわけだ。今回のスペースシャトル「コロンビア」の空中爆発は、進行中の国際宇宙ステーション建設にいかなる教訓を残すか。

 1986年「チャレンジャー」が打ち上げ直後に空中分解を起こした。今回の「コロンビア」の空中爆発は、帰還直前の事故であった。いずれも宇宙飛行士の家族が空中分解の現場を見上げているだけにその悲惨さは増す。「チャレンジャー」の教訓が生かされていなかったというNASAへの風当たりは強い。その極めつけは、『タイム』誌2月10日号のNew Republicの編集者G. イースターブルックが鋭く迫った「スペースシャトルは中止せよ」(The Space Shuttle Must Be Stopped)という読み応えのある記事であろう。サブタイトルでは、スペースシャトルは非経済的で、時代遅れ、非現実的、そして今回再び学んだように命取りであると決めつけている。テキサス州で散乱した飛行士の遺体を目撃した子どもたちのショックは、『ヘラルド・トリビューン』紙2月5日の記事に生々しく描写されているが、読者に宇宙飛行における目をおおわせるような事故の無惨さを突き付けずにはおかない。
 
 「未だ、宇宙で死んだ宇宙飛行士はいない」と立花隆氏は『宇宙からの帰還』で述べている。「ソ連では帰還時の地上激突死1人と窒息死3人を出しているが、窒息死は大気圏再突入時の事故である。大気圏はむろん宇宙ではなく、地球の一部である」というわけだ。しかし、これは何かの間違いであろう。旧ソ連宇宙飛行士3名の窒息死は、1971年6月、大気圏外の宇宙空間におけるソユーズ11号船内で起きた。3人の宇宙飛行士が搭乗したソユーズはサリュート1号宇宙船とドッキング。 23日間宇宙に滞在して科学実験を全て終了した後、帰還船ソユーズに乗り移り、母船サリュートと切り離すため逆推進ロケットを逆噴射した。 その直後、多分積み荷重量超過などが原因の衝撃で、キャビンのバルブが開き、宇宙船内の減圧と酸欠により45秒間で3人の宇宙飛行士は死亡した(The Soviet Cosmonaut Team)。ソユーズは死亡した3人の宇宙飛行士を乗せて遠隔操作で地球に帰還し、地上では厳粛な葬儀が行われた。

 宇宙空間は真空である。たとえ酸素を持ち込んでも、それだけでは生きていけない。圧力がかからないと、酸素が肺胞膜を経て血液のなかに浸透していかないからである。地上の気圧とは、酸素や窒素などの空気の重さで生じる圧力のことである。大気圏の中では、絶対量は低下しているにしても高度1万メートルでも酸素は存在している。しかし、気圧の低下により、酸素が体内に吸収されないのである。地表の気圧は1013ヘクトパスカルである。それが48ヘクトパスカルまで下がると、人体の体温は沸騰点に達する。実に人体の7割は水分であるから、沸騰点に達するとそれがガス化して、全身から血液や蒸気が吹き出し、人体は風船玉のように膨れあがって崩壊、飛散する(津田幸雄『重力の思想』)。また、宇宙飛行士の土井隆雄はコズミックカレッジで、人間が普段着で宇宙に出ると、約20秒で干からびてミイラになると言っている。こういう現象が起こるのは、高度1万9千メートルからだ。気圧がなければ、酸素マスクをつけていても、人間は絶対に生存できないのである。大気・気圧は地球全生命のシェルターである。したがって、大気のない空間は、人間が沸騰する「宇宙地獄」であって、天国ではない。

 数多くの宇宙飛行士は、無重量空間の生活も慣れてしまえば、実に快適であると表現している。しかし、宇宙船内は実は宇宙ではない。地球の「酸素」、「気圧」、「温度」といった地球環境を船内に持ち込んだ空間に過ぎないものである。快適なのは宇宙空間につくられた地球環境の方なのであった。宇宙に持参しなかったのは「地球の重力」だけである。アポロ12号で月面着地したアラン・ビーンは、筆者にその体験を語ってくれた。月面では全く何も動いていないし、何も聞こえない。月世界から太平洋に帰還・着水して一番うれしかったのは、水が動き、風が吹き、音が聞こえることであると言った。そのまさに当たり前の意味で、地球は人間にとって極楽である。宇宙空間や月それ自体は、人間にとっては実は地獄なのであって、地球圏外に脱出して、はじめて人間は本当にこの「地球極楽」を知ったのである。

 「ここはこの世の極楽や」、「地と天とは実の親。それより出来た人間である」と教えられる。宇宙開発を可能にした先端科学技術は、シャトル計画の失敗を通しても、「この世」とは、「今生」を指すばかりでなく、宇宙の中での母なる惑星「地球」という場を指すことを教えてくれた。今回の事故も、あえて科学技術の失敗が宗教的真実の覚醒を促した一例であると前向きに解釈したい。




「グローカル天理」巻頭言集 第四巻 3月号
「からだことば」と天理教用語

 『文藝春秋』3月号が「日本語大切」という特集を組んでいる。堺屋太一は−「カタカナ外国語」は亡国の道−という一文を寄せ、外来語を日本語訳に出来ないこの国の現在の知的衰退力を憂う。また3月19日のNHKテレビニュースによれば、年間500語のカタカナ語が増え、政府各省庁の白書を国立国語研究所が調べたところ、5000語以上のカタカナ語が使われてたという。一方、立川昭二と養老孟司は−「からだことば」って何?−という文春の対談で、ことばからからだが抜け落ちていく事例を挙げながら、このままではからだは文化性を失い、ついには人間性を失った得体の知れないものになっていくのではないかと心配している。
 
 先端科学技術や国際政治が次々と生み出すことばに日本語の翻訳が間に合わない。連日新聞の見出しにもカタカナ語が飛び交う。ことばは知的努力の集積であるから、日本語が衰えているとすれば、この国の知的努力が減退していることだ。実際、この20年ほどの間、ことばを操る知的作業者の努力不足は目を蔽いたくなるほどだと堺屋は嘆いている。同感である。

 「からだことば」は、日本語からだんだんと消えつつある。立川は医学部の一般教養の講義で学生に「血」のつくことばを書かせたところ、「血液」「血管」「血圧」「血糖値」など医学用語ばかりで、「血縁」「血族」「血色」「血潮」といったことばが出てこないことをなげいている。つまり「血縁」ということばが浮かばないのは自分が、祖先、親、兄弟と血でつながっているという感覚が薄れてきている。せめて「血色」ということばぐらい挙げて欲しい。コンピュータの数値ばかりを気にして、患者の顔色を見ることを忘れる医者が出てこないかと心配だという。喜怒哀楽の表現も、たとえば最近は「腹が立つ」「断腸のおもい」という「からだことば」は消えて、「頭に来る」「ムカつく」「キレる」という感覚語が頻繁に使われるようになった。つまり、からだの実体がだんだん遠ざかり、最後に抽象的な薄っぺらい感覚だけが残ったというわけだ。このことは平行して「かりもの」であるからだの意味や、その働きの実体も遠ざかっているのではないかとも考えられる。

 かつての教育には、からだにしみ込ませるような「身にしみる」感覚と体験が確かにあった。養老は、教養とは「鼻につく」ものでも、「頭につく」ものではなく「身につく」もんだと言い、また暮らしの中でからだの経験が消えると、ことばも失われるのではないかと言う。私たちの信仰生活のなかでも時代が変わると同じことが言えるのではないか。
 
 筆者は最近、自分のからだを動かすはじめての経験を通して、「からだことば」の貴重な発見をした。昨年1年間を通しての日曜日は、殆ど神戸か天理でアースバッグによるシェルター建築に仲間と汗を流したのである。つまり、土に水とセメントを加えてシャベルで練りまぜる。数人で一緒に練ると「練り合う」ことになる。それを土嚢袋に入れて、建築現場まで「運ぶ」。運んだ土嚢を上からドン付きでしっかりと叩きつける。つぎつぎと土嚢の層を円形に「叩きあげ」「積み上げ」ていく。この誰でも出来る単純な肉体作業を繰り返し、約600の土嚢を積み上げ、叩き上げることによって、直径3m高さ5m近くのドームが一棟完成するのである。「叩き上げ」られたのは、実は、我が「身」であったことに気づいたのであった。

 土をシャベルで「練る」には、腰を据え、力を込め、足下を見る。そして目的とする土嚢袋に煉り土を入れなければならない。気をそらすと土は土嚢袋からこぼれ落ちる。談じ合う「煉り合い」の進め方にもヒントを与えてくれる。また「理」「道」「心」「別席」などといった教語にも、「理を運ぶ」というように、土嚢を「運ぶ」という「からだことば」の動詞が使われている。「身」をもって「運ぶ」ことを体験するところから、「からだことば」の精神的意味が深まっていく。この「からだことば」の究極は、他宗教には見られない「かぐら」と「てをどり」であろう。これが勤められるとき、からだがことばになり、ことばがからだになる。からだとことばが合体し、二つ一つになり、それが交叉するところから不思議な意味がほとばしり出るのである。

 教語には「からだことば」が数多く見られる。その極めつけはたとえば「身」ということばだろう。「身上」「身の内」「身の障り」「身に掛かる」「身が迫る」「身につく」などにみられる、「身」という「からだことば」は、単なる「身体」という生理的な次元を超えて、精神の領域にまでその意味を延ばしていると理解されねばならない。「身」は英語のbodyとは異なり、時として「身を入れる」というように心(mind)を指すときもある。したがって「身」の訳語は存在しない。そもそも大和ことばの「み」とは非常にひろい意味を持っていて、それは「実」であり「肉」であり「味」でもあったのである。

 市川浩は『〈身〉の構造』の中で、「身」の透徹した解析を行い「〈身〉は、単なる身体でもなければ、精神でもなく−しかし時としてそれらに接近する−精神である身体、あるいは身体である精神としての『実存』を意味するのである」と述べ、「われわれが生きている〈人間的現実〉を指し示すことばとして、〈身〉以上に適当な用語はみいだしにくいように思われる」と言っている。されば「身の内」の障りにおける「身」の場合も、単に空間を占める一身体、一個人のやまいにとどまらず、神の手引きとしてその黙示的意味は限りなく広く、深遠であると言わねばならない。




「グローカル天理」巻頭言集 第四巻 4月号
「強い者は弱い、弱い者は強いで」
アフガン・イラク戦争に思う


 イラク攻撃が始まった3月20日の翌日は、アフガニスタンやパキスタンなど四季のあるイスラーム圏では新年を祝う。米国は大晦日から正月にかけて、イラク侵攻を開始したわけだ。そのとき筆者はカブールにいた。 

 正月2日目にあたる3月21日、カブールでは実に5年ぶりに雨らしい雨が降った。市中を走る車の大半が日本製の中古車である。車の排気ガスのすごさはいつもと変わりないが、ほこりまみれの樹木は久しぶりにシャワーで洗われ生き返ったように見えた。大地は雨のおかげで砂埃を巻きあげず、快晴で実に清々しい日であった。驚喜したのは水不足に悩む農民たちであったろう。「りゆうけつくれば水がほしかろ」(ふ13-101)というお言葉が胸に迫った。対照的に、筆者が宿泊した報道陣に人気のあるムスタファ・ホテルで放映されている、アルジャジーラをはじめとする国際テレビ番組は、イラクの砂漠を猛烈に吹き荒れる砂あらしに苦闘する米軍の様子を報道していた。

 アフガニスタンに平和が訪れているわけではない。逆に、イラク戦争を契機にして民間外国人も標的にしたタリバンによるゲリラ戦が活発化している。特に南部と東南部ではテロ活動が増えているが、3月27日には中部のウルズガン州ではタリバンとアメリカ特殊部隊が戦闘を行い、赤十字国際委員会の職員が射殺されている。国際テロ組織アル・カーイダは、イスラム原理主義者のホームページで「アメリカはアフガンでの失敗の代わりにイラク戦争を始めた。国際治安支援部隊(ISAF)はタリバンとアル・カイーダの剣にまみえることになろう」と警告している。ISAFとは首都カブールの治安を守る軍隊のことである。米軍が圧倒的な武力でバグダッドを物理的に占拠し、一時勝利宣言を行っても、試練は終わったのではなく、本当の試練はこれから始まるだろう。さまざまな意味を込めて「強い者は弱い、弱い者は強いで」(さ20/12/4)という神言が思い出される。
 
 今回のアフガニスタン訪問は、おやさと研究所の自然・人間環境学研究室が中心となって推進している、天理エコモデル・デザイニングセンターのアースバッグ・シェルター、そしてチェックダムや井戸掘りなどといった住居・水資源確保の試みが、天理大学地域文化研究センターの「国際参加」プロジェクトを通して、アフガニスタン難民村でも適応できないかという可能性を調査するためであった。世界から数多くのNGOがさまざまな領域で恵まれない人たちのために汗を流している。その人たちとの協働も視野に入れている。

 3月7日から2週間、天理大学の学生8名(内女性5名)他教員3名と造園家など4名のスタッフを加えた計15名がインドに赴き、昨年建設した土嚢シェルターの横に、現地のNGOの人たちと新たに少し大きめのシェルター1棟を完成した。隣接する村の質素な小学校の図書館として利用される予定である。第1回隊がつくったシェルター2棟の横に、造園家グループはインドではめずらしい日本庭園を造った。このアンキット村で2001年の夏に植えた竹はすでに背高く茂っており、今回持参した孟宗などの5種類の竹は石庭とシェルター2棟の中間に植樹した。将来が楽しみである。繁殖すれば、これらの竹は建材や家具の素材としても利活用され、筍は食料となる。

 灼熱のデリーを3月17日にアリアン・アフガン航空で発ち、冬のカブールに向かった。予定どおりに到着したのはありがたかったが、冬着と竹の根を梱包したトランクが出てこない。震えながら準難民になったつもりで、旧知のマンガール・フセイン大臣のところに行きたすけを求めた。早速秘書にバザールに案内してもらい、冬物を手に入れた。2米ドルで購入した長ズボン代わりの古着のトレパンには、日本語で学生の名前が縫われていていた。荷物は1週間後、デリーへ出発直前カブール空港で出てきたので、あわててトランクを開け、竹の根っこの包みを見送りの英語の分かるカブール大学生シャフィーク君に渡して、先に面談しキャンパス植樹の了解を得ていたA・ポパール学長に届けてもらうことを約束、一安心して機上の人となった。離陸は7時間も遅れどうなることかと心配したが、こういうことに慣れているのか悠然として待ち続ける他の乗客の姿には感心させられた。

 カブールの北部30kmあたりにソマリ平野が広がっている。この地域は戦争以前は有名なブドウの産地であった。しかし、タリバンが農家に敵が潜伏するのを防ぐために、ブドウ畑も、カレーズ(地下水路)も、村落も徹底的に破壊してしまい、くずれた土の家が、あたかも古代遺跡のような姿で残っていたのが非常に印象的であった。この地方にも農民が少しずつ帰還しはじめているが、ブドウを再生し、生きるためにはまず水が必要となる。そこで、水の流れていないカレーズの復活が生活再建の必須条件となる。この夏は、せめて1本でもこのカレーズの修復に向けて「一に百姓たすけたい」と思し召される、教祖の思いに一歩近づかせて頂きたいと考えている。

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by inoueakio | 2008-11-05 17:23 | 巻頭言集