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2004巻頭言7月~12月号
2004年7月
自爆テロ−つぎは日本が標的か?

タリバーンが、アフガニスタンのバーミヤンにある世界最大の仏像を爆破したとき、全世界の文化人や芸術家はこぞって声高に非難し、仏像を守れ、復興せよと叫んだことは記憶にあたらしい。しかし、大旱魃によって引き起こされたすざましい飢饉によって、当時100万人のアフガニスタンの人たちに死が差し迫っていることについては、世界は殆ど知らされていなかった。
それだけにタリバーンの突然の仏像破壊は、世界を動揺させた。この事件はイスラームの偶像破壊令に関連して物語られ、その行為は人類文化を破壊する野蛮に満ちたものであるとして、アメリカの攻撃にさらなる正当性を与えた。しかしタリバーンの仏像破壊の本来の意図は報道されなかった。仏像破壊の動機の中核には、タリバーンの国際政治的なもくろみがあったとは、元タリバーンの幹部からカブールにおいて直接に聞いた話である。その一つは人類の文化遺産を華々しく破壊することによって、世界とくに中近東のイスラーム圏の若者たちに、アフガニスタンに鋭い視線を向けさせることにあった。この目的は充分に達せられ、その年バーミヤンを訪れたイスラーム教徒の数は、仏像爆破以前のなんと10倍にも及び、なかには帰国せずそのままタリバーンの傭兵となり、軍資金を運んで来た若者もいたという。
2002年筆者はカブールにおいて、タリバーンの元外務官僚ワヒード・マヅダ氏から一枚のCDRと氏の著書である『タリバーン統治5年間のアフガニスタン』という貴重な資料を入手した。CDRは第1回新潮ドキュメント賞を受賞した「ビンラディンのビデオ NHKスペシャル取材秘話」に関するものと多分同一のものであろう。受賞者であるNHKのディレクター高木徹氏は、秘話のはじめにあたって、ビデオは「絶対に極秘ですので、お渡しは出来ません。私のいる前で再生し、一緒に見て下さい」という国連政務官の言葉を引用している。このビデオには、アルカイーダ兵士のリクルートを兼ねた抗戦的内容をもつさまざまな映像が、過去の関連したテロ事件を含め、コーランの読経を挟んで、アメリカ・イスラエルの残虐性をリアルに示す映像を再現して編集されている。そしてその最後は、巨大なバーミヤン仏像の爆破閃光の実態が映し出され、続いて何の説明も無しに日本の浅草寺の写真2枚が現れて突然終っている。これは人ごとではないとして、その意味推測が受賞作品のテーマとなっている。
マヅダ氏の著作がイランの新聞で連載紹介された時、それを読んだ映画「カンダハール」で知られるM. マフマルバフ監督は、この著者に会うためわざわざカブールまでやって来た。マフマルバフ監督の助言により、昨年21枚の写真を追加した改訂版が出版された。それを読むとバーミヤン仏像破壊についてはタリバーン閣僚の中でも賛否両論があったことが分かる。またその状況の背景も含めてマヅダ氏は次のような事実も語ってくれた。仏像破壊は、オマール師の実行指示が再三延期された。その間パキスタンのNGOからの援助により、オマ−ル氏は飢餓に喘ぐアフガン難民のために100頭の牛を購入・屠殺してその肉を食料として難民に与えたというのである。これは牛を聖牛として崇めるヒンドゥー教徒・インド政府にとっては仏像破壊以上の挑戦であったろうと想像される。ここには世界の宗教文化や価値観の相異をフルに戦略の中に取り込み利活用するタリバーンの智恵が、現在のイラク戦争の予想外の推移の原因としても垣間見られ、日欧米や関連国家を戦々恐々とさせているように思われる。

2004年8月
日本開国とをびや許しの共時性を考える

をびや許しは、天理教ではよろづたすけの「道あけ」といわれ、教えが四方八方に広がるきっかけとなった安産の許しとして知られる。嘉永7年教祖が三女おはるに取次がれたのをもって嚆矢とする。奇しくも西暦1854年にあたるその年、日米和親条約が締結され、日本が世界に向けて誕生した。2004年の本年は、この日本開国とをびや許しが出された年から数えて150年目の年にあたる。
その前年、嘉永6年(1853)6月3日ペリー総督率いる黒船4隻が浦賀湾内に投錨した。黒船は6日江戸湾内小柴浦に進出し、9日ペリーは乗鑑していた軍楽隊を伴って久里浜に上陸した。上陸するなり軍楽隊は大パレードを展開し、そのすさまじく鳴り響く音量は「三味線千丁に匹敵した」と伝えられている。この日が日本で吹奏楽が演奏された最初の日となった。
ペリーの率いる軍楽隊が勇壮な行進曲を奏でているちょうどその頃、教祖の五女こかんは「なむ天理王命」の神名流しに十三峠を越えて浪速に出かけている。その神名流しを勢いづけるかのように、ペリー軍楽隊の行進曲がその背後で高鳴っていたわけだ。日本開国と天理教が大和盆地という母胎・閉鎖空間から、西方に誕生した年が劇的に合図立て合っていた。人間宿し込みのぢば甘露台の西方は、「元の理」によれば、人間誕生における引き出しの守護の方位(をふとのべの命)にもあたる。このように考えると、嘉永6年の夫善兵衛の出直しや、中山家の母屋のとりこぼちは、「にをいがけ」という新しい布教のかたち誕生のための、陣痛であり後産にも見立てられる。出産・誕生には陣痛と後産が必須である。独創的思想や芸術、そして利他的行為の誕生にも同じことがいえる。このようにひながたの道に暗示された真実は、時空を超えて普遍の大地を深く突き抜けている。地底を這う真実の根を掘り切れと教えられるゆえんである。
開国150年を意識していたわけではないだろうが、小泉首相は、アメリカの外圧もあってかわが国の平和憲法の律を独自の理屈で簡単に超えてしまった。皮肉にも「律ありても心定めが第一やで」との神言を1人の政治家が象徴的に勇断実行したかのようである。世界に映る鏡も色々にあるが、これも一面の鏡であろう。イラク自衛隊派遣は歓呼の声に送られず、華やかな軍楽隊なしで寂しく行われたが、ここに到る推移は、筆者に150年まえの日本開国の時代背景をさまざまに思い出させた。いずれわが国にも国際人道復興支援と名のつく徴兵制度に似たものが復活してくるかもしれない。また、グローバリゼーションの影響で外国というものがさまざまな形でわが国に侵入してくると、どう対応するのかといった問題は、文化や経済だけの問題ではない。自爆テロが拡散する現実のなかで、外的侵略や暴力による内的紛争といった事態も決してわが国にとって絵空事ではない。「良心的兵役拒否」といった「律を超える心定め」についても、いまから宗教者はそれぞれの教えに照らして真摯に議論し、心の準備をしておく覚悟が求められる。現代はまさに日本にとって150年目の陣痛の時代とも言える。
をびや許し150年の年にあたって、よろづたすけの「道あけ」として教祖がこめられた真実を、個々の信仰の実態に照らして、いまどのように甦らせることができているかと自問することが必要であろう。ひながたの道は、それを語る者に、そこに示された事象の意味を現代に甦らせようとする意識が欠落しているならば、単なる教史的出来事の羅列に終わり、信仰者にとっては致命傷となる。ひながたの道は、過去に発してはいるが、現代から未来をも照射する時空を超越した生きた最重要的指標であるからだ。

2004年9月
天理柔道・野村選手のV 3に思う

第59回目の終戦記念日8月15日の各紙朝刊には、谷・野村のアテネ五輪柔道アベック勝利を伝える写真と「イラク戦闘拡大死者100人超す」という記事が一面を大きく飾っていた。オリンピックはその憲章に謳われているように目指すところは先ず世界平和運動であり、国際文化交流である。しかしアテネでは、テロを警戒し1万数千人の警官が配置され、一方イラクでは、国民会議の近くに迫撃弾が落ちた。世界は平和なのか、戦争なのか。腹立たしいほどの低俗バカ番組があふれるわが国のテレビ番組の中で、スポーツが視聴者に嫌なことを忘れさせ、爽やかさを与えてくれるのは救いであった。
スポーツを「見る」人は、鍛え抜かれた自分の持てる能力の全てを出して見せるスポーツを「する」人の美しさによって、癒され励まされる。病む身体を癒す医師は、患者一人ひとりと現実に対面するが、アスリート達はスクリーンを通して何百何千万人という視聴者に、たとえば一瞬のうちに逆転するという私たちの日常生活ではめったに見られないドラマを見せてくれる。このスポーツにおける感動の共有は芸術にも見られるし、宗教にも通じる側面を持っている。
しかし、スポーツはまたナショナリズムや国際政治に利用される危険を持っている。1969年のワールドカップ中米地区予選では、エルサルバドルとホンジュラスの試合が引き金となって「サッカー戦争」が実際に起こった。後者が審判の判定に不服を唱え国交断絶を宣言し、両国は国境地帯に軍隊を集結させ本格的地上戦に突入したのである。
世界のどの新聞もいまやスポーツの話題が満載である。スポーツは商業主義やナショナリズムを巻込み、情報先端科学技術の発達で急速に巨大化した。スポーツ評論家玉木正之は『スポーツとは何か』(講談社現代新書)において、さまざまな問題を分析・提起し、現代をスポーツ「暴走化の時代」と捉えている程である。
スポーツも戦争も、「する」者にとっては厳しい現実そのものであるが、「見る」者にとってはドラマやフィクションのような感じをもたせる。このバーチャルな映像がもたらす感覚の持続が危ない。迫撃弾がスポーツや戦争を儀式化する自分の身の回りに落ちたらどうするか。終戦記念日8月15日の朝刊をめくりながらこんなことを考えた。
天理柔道の伝統的攻めの精神を試合で遺憾なく発揮した、野村忠宏選手が獲得した金メダルは、夏季五輪通算100個目に当たるという。そういえば来年は天理柔道生みの親である中山正善2代真柱様の生誕100年目にあたる。生誕99年にあたる本年は、「元の理」における99年経って皆出直すといわれる成人の象徴的な意味を持つから、天理柔道に代表される天理スポーツもその歴史の中で出直しの境界に到っているのかも知れない。
出直しとは物理的反復ではなく、精神の脱皮であり、魂の再生である。天理が育んだ野村選手を一つのモデルとして、それに続く天理アスリートの人材の養成が求められる。五輪三連覇の前人未到の偉業は、天理スポーツの物語としても将来受け継がれ、独自の天理スポーツ教育に生かさなければならない。その為には、私たちが単にゲームの勝敗に一喜一憂することを超えて、歴史・教育的な視座から冷静な目で天理スポーツの過去と現在を振り返ることが必要であろう。先人の実績を顕彰し、継承・展開する天理スポーツ教育を念頭においた器、何度も提案するように「天理スポーツ殿堂」の設立がいま必須である。天理教ほどスポーツを愛している宗教教団は世界に珍しいのではないか。天の時を逃がしてはいけない。

2004年10月
職場におけるスピリチュアリティー

いまアメリカの大企業や経営学会の中で「職場におけるスピリチュアリティー」という問題が大きく浮上して来ている。経営にスピリットを持ち込んだ会社が、社員のやる気や利益増収などに極めて注目すべき成果をあげているからである。スピリチュアリティーという言葉は宗教的概念のみをさすのではない。それは即物的、合理的、科学的、因果論的な考え方に対応する概念として霊性などと訳される時もあるが、的確な訳語がないので我が国では不翻訳で使われる時がおおい。スピリチュアリティーを「生活を向上させる聖なる力との接触」と定義するアメリカの専門家もいる。「神と経営」といったテーマも話題になっているが、スピリチュアリティーは必ずしも宗教的ドグマの強制を意味しない。
1999年11月1日号の『Newsweek』は「職場における宗教─米国企業におけるスピリチュアリティーの顕在化」といういまや伝説的となった記事の中で、ゼロックスが新商品開発のために「ヴィジョン・クエスト」という6年間のプロジェクトを4億ドルをかけて行ったことが紹介されている。それは従業員がニューメキシコの荒野に集団で寝泊まりし、断食等をふくめたスピリチュアルな特訓をおこない、大自然のなかでの生活体験を通してインスピレーションを得ようというものである。こうしてゼロックスは新製品デジタルコピー機の開発に成功したという物語である。
10年ほど前までの経営学では、信仰とビジネスは聖と俗に二分され相容れないとされてきた。企業は利益追求の商業主義、宗教は社員個人のプライベートなもので、両者を混同しないというのが原則であった。アメリカでは長い間分断していたこのビジネスと宗教を橋渡しするテーマを取り上げた出版物がベストセラーになったり、大学で「spirituality at work place」という冠をつけた研究所が現れはじめた。権威あるアメリカの経営学会がこの流れを新しい時代のパラダイム変換として注目しはじめている。こうしたうねりの背景には「自分が変われば世界が変わる」というニューエイジ思想や禅に代表される瞑想に重点を置く東洋宗教の影響も見のがすことはできない。 
職場のスピリチュアリティーとは、組織における自己と私生活における自己を統合する試みであるから、自ずとその内容が問われる。特殊な例をあげれば、社内外での便所掃除を日常の作業内容として全社員に取り入れ、社員のスピリチュアリティーを深め、結果として組織の精神性を高め、営業効果を上げている企業には、イエローハット、めいらく、ダスキンなどがある。松下幸之助は「身の回りが掃除できなくて、世界の掃除が出来るはずがない」と言い放ち、便所掃除を徹底して奨励したことは有名である。
ひるがえって、教祖ひながたの道においては、職場と信仰は二つ一つに統合されていた。教祖をはじめ中山家の人びとは、はたらく場所において紋付を着用しておられたという史実がそれを証明している。とりわけ秀司先生の村人たちから「紋付さん」と親しまれたという野菜売りの姿は、働く場所が精神において信仰実践の場として示されている。労働着としてあえて着用された俗なる「紋付」が、聖なるおつとめ着に繋がっていることに気がつけば、職場と信仰、職場とスピリチュアリティーはもともと二つ一つであったことが理解される。とすれば、職場をもつ天理教信者は、経営者であれ一社員であれ、このひながたに示された象徴的モデルを、現代に蘇らせる責任がある。世上の高山が、いまひながたの道の神髄に迫って来ている。

2004年11月
良心的兵役拒否と宗教者の立場

7月14日と16日の『朝日新聞』は、良心的兵役拒否について、「良心か義務か」という視点から韓国兵役論争を取り上げている。これまでは兵役の義務が良心の自由に優先するとして、拒否者はほとんど投獄されてきたが、今回は宗教上の理由で兵役を拒否した若者に、ソウル南部地裁は無罪を言い渡した。しかし、高裁は「良心の自由より国防の義務が優先する」として逆転有罪判決を行い、上告していた男性に懲役1年6ヶ月を言い渡したというものである。キリスト教や仏教など宗教界の代表は「良心的兵役拒否を認めてほしい」と記者会見で声明を読み上げ、地裁前では無罪に抗議し「国防の義務を果たせ」と叫ぶ退役軍人のデモが行われ、その写真を『朝日新聞』は大きく載せている。
若者の良心的兵役拒否運動は、いま世界に急速に広がりつつあり、ドイツでは40%、イタリアでは30%の青年が兵役を拒否しているといわれる。宗教的、哲学的、あるいは政治・思想的な信条に基づいて拒否を主張するのだが、わが国でも日中戦争時にキリスト教徒が兵役を拒否して獄死するという燈台社事件があった。現在では多くの国で良心的兵役拒否は法制度として実現してきている。拒否者には社会奉仕など公共的任務に従事する代替服務を認めている。しかし、求められるのは兵役があろうとなかろうと、軍事服務より社会奉仕が世界を変えて行くという平和革新への前向きの強固な精神であろう。人道的武力介入などという新しく戦争を正当化する概念が出て来ているが、介入への決定には戦慄すべき危機が伴っていることを忘れてはならない。
キング牧師は、暗殺1年前にベトナム戦争への軍役について、アメリカの青年に向けて次のように語っている。
「ベトナムにおいてわが国が果たしている役割を明らかにし、その上で良心的兵役拒否の選択肢を指示しなければならない。(中略)そしてその選択肢を、ベトナムにおいてアメリカが歩んでいる道が恥ずべきものであり、かつ不正のものであると考えている全ての人々に、推薦したいと思う。さらにまた私はすべての徴兵年齢に達している牧師たちに、彼らに与えられている徴兵免除特権を返上して、良心的兵役拒否の立場を探究するように奨励したい。」
徴兵のない、世界でも希有な平和国家に住む日本の宗教者は、ガンジーの非暴力主義に強い影響を受けたキング牧師のこの信条を、わが国の近未来を視野にどのように受け止めるであろうか。
朝鮮戦争は1950年、ベトナム戦争は1960年に勃発している。1955年に筆者がアメリカに留学した頃はKorean war veteranと呼ばれた数多くの復員軍人学生が通学していた。彼らはもちろん授業料は無料で、友人の退役学生は月に150ドルの生活援助を受けていると言ったように記憶している。1米ドル460円のそのころの1セメスターの授業料は110ドル前後で、1時間の皿洗いのアルバイトは75セントが相場であったから、貧乏学生にとって、兵役を済ませば収入を得て大学を卒業できることは魅力であったろう。筆者にも1959年大学卒業を待っていたかのように、兵役出頭の通知が届いた。外国籍であっても、米国の永住権を取得していたから、徴兵免除の対象にはならなかったのであろう。あわてて大学院生として勉学を続けているから等という理由を書いて出頭を拒否したことを思い出している。
ベトナム戦争ではカナダに越境した兵役拒否の米国の若者や脱走兵は12万5千人にのぼったという。「律がありても心定めが第一」と教えられる天理教者には、徴兵制度をたとえば代替服務を主張することによって超えるという方向性を、今から押さえておくという時代認識が求められる。

2004年12月
殿様蛙のサミット・人類のサミット

昭和58年のことである。ホノルルにおいて天理大学はハワイ大学と共催で「新太平洋時代の心のコミュニケーション」という国際シンポジウムを開催した。総理大臣であった中曽根康弘さんやジョージ有吉知事なども熱いメッセージをよせ、マスメディアも大きく取り上げた。そのレセプションの挨拶で、日本総領事であった堂乃脇光朗さんが富士山頂での蛙のサミットという面白い話をされたのを、アメリカ大統領選挙のブッシュさんの演説をテレビで聞きながらふと想い出した。
堂乃脇さんのお話は、昔々富士山を挟んだ国を制覇していた殿様蛙が、相手の国がいつ攻めてくるのかが心配になり、富士山頂でサミット平和会談を開くことになった。富士山の反対側から殿様蛙の一行が登山道を登って会場に到着する。殿様蛙が二本足でしっかりと山頂に立ち、遙か相手国を見下ろすと、自国と全く同じ町並みや風景が確認されたので、お互いに大いに安堵して平和会談は成功したというお話である。蛙の目玉は後ろについているというのが話の落ちであった。
ところが人間の目は前方についている。米国大統領も人間であるからその目も前方についている。しかし、その心は殿様蛙と同じで、調べたこともない富士山の向こうの国の大統領が、大量破壊兵器を隠し持っているかどうかが気になって仕方がない。そこで山頂に登って見ると、相手国には自国と同じように大量破壊兵器をもっているのが確認されたというわけだ。
米国代表団は、イラクともつながっている9/11事件の張本人ビン・ラディンを捕まえて突き出せ、さもないとアフガニスタンを空爆するとタリバーン代表団に迫った。タリバーン側は、第三国においてビン・ラディンが犯人であるかどうかの公平な裁判を行うことをアメリカが約束するなら身柄は差し出すと応えたのだが、米国はその申し出を断った。彼らはもはや信用出来ないというのがその理由であった。筆者はそのやりとりを簡略に伝えた日の新聞記事を今でも決して忘れていない。これは大変なことになると思ったからである。
現在のイラクやアフガニスタンの悲惨極まる現状も、この話し合いを一方的に無視したことから始まっているからだ。国際会議では、相手国を信用できないからこそ、話し合いを行うという本音の部分がある。その原則を拒否する者には、力で相手国をやっつけるという選択肢しかない。米国は第二次世界大戦以来もっとも数多く他国に戦争を仕掛けた国である。侵攻の理由は、端的に言って、文化・宗教的価値観の相違を無視した、彼らの掲げる正義や民主主義にあるが、その背景にはしたたかな経済的エゴイズムが隠されていることは誰でも知っている。
「話し合い」を拒絶して、アメリカが行った一方的な判断は世界を不幸にするということを、「世界を鏡」として私たちは学ばねばならない。ビン・ラディンはいまだに逮捕されるどころか、先日アルジャジーラのテレビに突如現れ、自ら9/11の仕掛け人であることを告白し、日本もテロの対象国の中に含まれていることを警告した。
タリバーンを追い出すために、米軍に協力した北方同盟の軍閥は、今やしっかりと群雄割拠し、カルザイ政権のお荷物となり、麻薬の原料となる芥子栽培でも巨大な軍資金を得ている。世界の80%に近い麻薬がアフガニスタンで生産されているが、毎年生産高は増加の一途を辿っている。しかし、麻薬撲滅の妙案は未だない。芥子栽培を撲滅しない限り、アフガニスタンやイラクの復興はあり得ないのは確実である。テロと麻薬、この二つはしっかりと背後でつながっているからだ。
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by inoueakio | 2004-07-01 09:26